さゆりの行方
掃除や洗濯は何日やらなくても、それほど気にはならなかったが食事には困った。
食い物にありつきたくて街ゆく女に声をかたが、何日も着替えておらず風呂も入っていなかったので汚いものを見るような目つきをされた。
小遣いは女たちからの俊介でもそうなると手元不如意になる。
コンビニ弁当を買おうにも、先立つものがなかった。
安い期限切れのような食材を買って、調理もしないまま口に放り込んだ。てきめん腹をこわした。
一番安い食材でなんとかしのいだが、筋骨隆々だった身体から筋肉が削げ落ちた。そんな状態でも医者にかかるお金すらない。
さゆりが払ってくれていた家賃も滞納が続き、出て行ってほしいとまで言われるようになっていた。
生活が限界に来ていた。
街の女に相手にされないとなれば、羽振りが良かった頃、何度も言い寄られ足蹴にし続けた一回り以上年上の女に頭を下げて男妾になる以外なかった。
俊介としては自信を持って囲われ者を申し出たはずだったが、年増女からの回答はすげないものだった。「正規の社員だったことなんかないんやろ? 心が病んでるんかな?」
病んでるならそのまま半ば路上生活を続け、行き場がないことを役所に訴え続ければ保護してもらえる。そうすれば衣食住にありつける。頃合いを見計らって一緒に頼みに行ってやるからそうしなさいという。
社会経験が乏しい俊介は、何かにつけさゆりの世話になり続け、役所など足を運んだこともない。
そんなに簡単に生活保護が下りるのかと、年増女の助言に従いアパートを出て路上生活者となった。
着ていた服は雨風にさらされ、あっというまにボロボロになったし、髭も髪も伸び放題に伸び、どこから見ても路上生活者になった。
仕返しとばかりに街に放り出されたことを知った。
腹の立つことさえ忘れた。
もっと変わったのは女への欲望だった。
満足に食べることもできなければ、安らかに寝たこともない。
いつしか欲望と言えばそのふたつが支配した。
安らかに寝ることができれば、それで満足と思えるようになっていった。
路上生活者にも縄張りがある。
最初はわからなかったが、次第に縄張りの外、河川敷の葦藪の中とかマンホールの下に追いやられるのが常と知った。
俊介は河川敷を選んだ。
マンホールの中は、確かに雨露はしのげる。しかしその暗さになれることができず、精神を病むものが少なくない。
河川敷なら廃品で屋根や壁を作ることができる。ただし、食にありつくには相当困難が伴う。
それでも最後だけはお日様の下で終わりたいと思って河川敷に移動した。
小屋を建てる場所と材料を捜し歩き、ある小さな小屋に辿り着いた。
何時間も人の出入りがないものかと見張ったが、丸一昼夜見張っていても誰も来ないし、中から出ても来ない。
それならばここを塒(ねぐら)にしようと小屋の入り口に顔を差し入れた途端腐臭がした。
暗闇になれた目の先に、既に白骨化した遺体が横たわっていた。
薄汚れてはいたが、着ている服に見覚えがあった。
改めて小屋の中に潜り込み、持ち物を探した。
出てきたものの中に、一緒に暮していたさゆりに俊介が買って渡した物があった。さゆりはそれだけは大事にしまっていたようだった。
弥生との情交の後、さゆりは家を出て行った。
実家に帰って元気に暮らしているものとばかりに思っていたが、いつのまにか行き場を失って河川敷に住みつき、何かの理由で命尽きたものとわかった。
狭くてみすぼらしい小屋ではあるけれど、俊介がいつ訪れても支障のないように片付けだけはきちんとできていた。
さゆりの脇に俊介がいつ来て横たわってもいいような場所がちゃんと確保されていたからである。
守るべき俊介がいたら、あのさゆりならこの場からでも立ち上がっただろう。
だが、その俊介はもう遠い存在になったと観念し、この場に横たわったと思われた。
一緒に暮らし始めて今日、こうなって初めてさゆりを護ってやれなかった後悔が俊介の胸をよぎった。
躊躇いはなかった。横になった。さゆりがいてくれるという安堵感が俊介を包んだ。さゆりの横でやっと深い眠りについた。
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