入谷村に田を持たない家が一軒ありました。 それが中組 (なかぐん) の左官屋家です。
昭和も30年代に入ると確かに左官屋は田を持ちませんでしたが池之原の爺様 幸次さんの先代までは入谷村の中でも最も広い田畑や山を持つ庄屋と呼ばれるほどの裕福な家柄でした。
では何故こうまでに落ちぶれたかと言うと、それは酒と女に幸次さんが殊の外狂ったからです。 それには先代の勘蔵爺さんの妻 トヨさんが深く関わっていました。 勘蔵さんにしてもそれだけ裕福な家系ならもう少し気の利いた嫁を貰えば良かったものを、仲人を通じてある家を紹介され姉妹の中で最も愚鈍と後ろ指さされる女を敢えて可哀想だからと嫁にもらったんです。 それが大きな間違いでした。
入谷村のような僻地に嫁に来ているのに田の草を取るなり山に行き木の一本も切るなりすれば良いものをやれ汚れるのが嫌いだの、やれ虫が怖いだのと愚痴を並べ立て、とどのつまり年中家の中に居て美食三昧で暮らしたものですから終いには周囲も相手しなくなったんです。 こうなるとひねくれるのは世の常。 子育ても自分で産んでおきながらお隣の女房に乳からおしめ替えまで任せっきりと、実に他人様の女房を乳母のようにこき使うような人物に成り下がったんです。
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