母親が男と並んで掘割沿いを川上に向かって歩き始めたのを見て美月ちゃんはハンザキをどうにかするのを諦め後をついてきてくれました。 「あの子はいつもこうやって独りで遊ぶんです」 その言葉を聞いてちらりと横目で並んで歩く千里さんを見た時、この母娘には何か
翳りがあるように見えましたが気の病ということにし、この時は何も言わなかったのです。 ほんのこの
ひとときだけでいいからこの素敵な女性と過ごす時間を旅の想い出にしたかったからです。
堀端を歩く人々は道の脇に立ち並ぶお土産屋さんに入り物珍しそうに見て回っては店員とやり取りしていましたが、宮内司がここを訪れた真の目的は竹細工職人の技をこの目で見ることであり、良い品を買い求めんとすることであって民芸品には興味ないので素通りしました。 今はただこの堀川で出逢った千里さんという女性とその娘さんに少しでも近づけたならと、観光はひとまず置いといてその機会を探ることにしたんです。
掘割沿いに白壁の蔵が立ち並んで賑わっていたのはほんのわずかな距離で一区画過ぎるとまるで景観が変わってしまうんです。 こうなると並んで話しながら歩こうにも話題が見つかりません。 流石に並んで歩くのももう此処までかと諦めかけふと見ると千里さんが立ち止まってウインドウの中を覗き込みつつこちらが
誘いかけてくれるのを待つべく間を持たせてくれているように思えたんです。
「ふ~ん、石臼で挽いた豆かあ~」 コーヒー豆をミルにかけるというのは聞いたことあったんですが石臼で挽くというやり方に古を感じこのようにつぶやいてみたんですが何故か彼女の反応が薄いんです。 (そうかもしれんな・・・ここに住んで毎日のようにこれ見てたら所詮石臼なんて)
街の中を清らか水が流れ、その脇に白壁の土蔵群が建ち並ぶ、過ぎゆき時間を気にすることなくゆっくり石臼で挽いて出してくれるまろやかなコーヒー、彼女もどこかしらそんな古風な感じがすると考えていたのはどうやら自分だけじゃなかったのかと、ようやく気付いた司。
話しの接ぎ穂を失って、もういいやと諦めかけていたところにハンザキを見飽きた美月ちゃんが駆け戻って近寄ってきてくれました。
それとはなしに見ていたんですが、美月ちゃんは堀にかかっている家屋の柱の廃材を利用し架けたような橋の上から川の様子を飽くことなく見ており、母の姿が店の陰に消えたのを境にそれを止め後を追ってきたようでした。
「お母さん、今日も見るだけ?」 幼い美月ちゃんにとってウインドウに飾られてる品物をただ見るだけで終わらせるという母親の心境はわからないのかなと思い 「美月ちゃんって言ったっけ? お母さんって陶器好きなん?」 余計なお世話とは思ったけど、こう聞くと 「うん、好きみたい。 ここに来るといつも中覗いとる」 「そうか、美月ちゃんのお母さん、ここでお茶飲むんじゃなくて陶器のカップ見るのが目的だったんか」 彼女に聞こえないよう美月ちゃんの耳元で囁くと 「うん、そうみたい・・・」 幼い子らしい正直な答えが返ってきたんです。
「ところでさあ美月ちゃん、この中でどれが好き?」 飾られてた陶器ではなく食品サンプルを指し示し聞くとすかさず 「お皿に乗った団子」 という答えが返ってきたんです。
「そうか~ うん、美味しそうだね。 行こう行こう」 彼女を呼び寄せる手段は卑怯ではあっても美月ちゃんを利用しない手はないと彼女の合意を得ずして半ば強引に二階の喫茶室に招き上げたんです。 この時は彼女を二階に上げてしまえばあとは何とでもなると思ってやりました。 陶器を選ぶ彼女となら会話が弾むかもしれない、宮内司にとって工房巡りや品選びは得意中の得意だったのです。
「美月、お母さん余分なお金持ってきてないのよ」 思ってた通り階段の下から降りてきなさいと言わんばかりに声を掛けて来たんですが 「僕と付き合ってくれることになった美月ちゃんがここの御団子食べたいらしいんです。 貴女もお付き合いいただけませんか?」 言い終えて心臓がバクバクしたんですが千里さんは案外すんなりと二階に上がってきてくれたんです。
司は千里さんが熱心にある陶器だけを見てたのに気が付いてましたので、二階に上がるなりお店の方にその陶器を買うのでそれで今頼むお茶を淹れ連れに女性に出してくれまいかと交渉してみました。
「お買い上げで? それに淹れてお持ちすればいいんですね? ありがとうございます。 もちろん用意させていただきます」 すんなり受けて頂いたんですが、果たして彼女がコーヒーを選んでくれるかが問題でした。
司が思ってた通り二階席から見る白壁土蔵群は素晴らしい景観でした。 これから訪れるであろう時間に正におあつらえ向きの席だったのです。 自分たちより先に三組のお客様がいらっしゃいましたが、一見して客層は観光客ばかりに思えたからでした。
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