何かをきっかけにまるで
人が変わった。 それが千里さんでした。 屁理屈を重ね世間を渡って行こうと言うんじゃなく
肉体労働で稼ぎだした、頂いた給金で渡って行こうとしたんです。
人から見ればな~んだという程度の野菜を分けてもらえたことであれほど喜ばれたのは農家にとって至上の喜びだったのでしょう。 その家のおばあさんが千里さんを殊の外気に入り手伝いに来いと言われたんです。
期待してもらっても給金をそれほど出してはあげれないが技術だけは教えてやると言われたんです。 腹が減ったらウチの飯を腹いっぱい食えばいいとまで言われたんです。
翌日から千里さん、片道10キロをゆうに超える距離を
自転車に乗ってその農家に通いました。 どんな天候になろうが休みなく通い詰めました。
作業は日の出とともに始まります。 千里さんはだからお風呂の食事も雇ってもらってる大塚家で頂き、よく朝の食事用としておにぎりを作ってもらって持ち帰りました。
下着以外上から下までおばあちゃんのお下がりです。 お嫁さんの篤子さん 「いくらなんでも齢が違うでしょう」 と心配してくれたんですが 「いいえ、これはこれで
ラフな格好だから」 と一向に頓着しない千里さんに 「ほれみろ、あのふたりはもう特別な関係なんだ。 お前こそ作業に出るのに化粧したりして」 と逆にご主人の隆宏さんからけなされるほど千里さん、大塚家に染まって行ってたんです。
ご主人の隆宏さんがそれほどまでに千里さんの肩を持つのには意味がありました。 千里さんの住まいでもある掘割にほど近い廃屋から大塚家への道の途中に結構は
坂道が続く小山があるんです。
自転車を降りて押して上がってたら早朝の仕事に間に合いません。 千里さん、体力の限界を超えると分かっていながらこの
峠を
自転車を漕いだまま
越えてくるんです。
「ほほほ、そんなに慌てないでゆっくり食べなさい。 百姓は食べるのも仕事ですからね」 家族への御給仕は篤子さんが行いますが千里さんにだけはおばあさんの房乃さんが行ってました。 「でも・・・もうみんな食べ終わって出て行かれたから・・・」 恥ずかしさに下を向いてしまった千里さんに 「あいつらはどんなに言い聞かせてもひとつもわかっとらん」 鼻息荒くおじいさんの源蔵さんが言い放ちました。
若夫婦の食事自体からして現代風のパン食なんですが老夫婦は相変わらずご飯が主体でした。 農法も同様に若夫婦は大規模農法で化成肥料中心なんですが老夫婦は昔ながらの堆肥専門だったんです。
若夫婦が作物を作る場合、裏作をやったとしても各年毎に出来栄えが上下しますが老夫婦のそれは手入れさえ怠らねば安定して良い作物ができるんです。 品質で自慢するか金額で自慢するかの違いです。 お百姓は水呑と言われるほど苦労のわりに収穫は上がりません。 しかし年々良い作物を作ろうとするとこうせざるを得なかったんです。
「千里さんや、あんた百姓を覚えて爺さんの跡を継ぎなさらんか」 遅れ遅れになりながら梨の枝払いを見よう見まねで行っていた千里さんにおばあさんが声を掛けて来たんです。
「そんなこと言ったって、隆宏さんと篤子さんが継がれるのがスジじゃ・・・」 こう言いかけるのを制し 「あのふたりに何度頼んだかわかりゃせんよ。 なのに首を横に振るばかり」 この良さを分かってくれる孫に遺産として残してみたいと言われたんです。
「あんたさんはお金のことをいわさるがの、お金が儲からんほどいい加減な土地は作っとらん」 今に見ろ、凶作になったら支えるのはこちらだと説明されたんです。
千里さんにとって身に染みる言葉でした。 それを知らなかったから今があるんです。
大塚家では立派な行いをする女と思われてるようなんですが、千里さんは相変わらず廃屋に入った時になじんだ男たちと今でも関係を続けていました。 いや、彼女の正体を知っている彼らと縁を切ろうにも脅されるのが嫌で切れなかったんです。
廃屋に棲む女に、まるで胡麻の蠅のように余りものを持ってきては高価で売りつける。 つまり
代償を躰で払わせるようなことを繰り返してきてました。 その興奮の火種となったのが藤乃湯旅館の離れに棲みつつ行ってきた夜伽でした。
しかし、場馴れし千里さんの素性を知り尽くしてしまうと今度は解き放たれた女囚のイメージで彼女の躰をむさぼるようになっていったのです。 が、ここまでは貧困にさいなまされ痩せこけた女に躰でした。 それがここにきて次第次第に
理想的な肉付きの女に変貌し始めたんです。
千里さんにしても、もうここまで来ると待っても来ない司を頼るわけにはいきません。 女として精神を安定させるため男は必要でした。 どんなに強いと粋がってみても所詮女の独り暮らしなどできようもない環境だったからです。
鍛え上げた躰にしてもそうでした。 高齢の男性以上に
熟しきった千里さんの方がむしろ性は活発化し男根を求めるが如く媚を売るようになっていったのです。 こうして不貞とも取れる情事が終わると時に司に悪いと思いながらも添い寝してもらい元気を頂いて翌日に備え大塚家に通い続けたのです。
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