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入谷村の悪しき淫習 「落日の長者」~放火の功労~

 みなさんは火除地 (ひよけち) というのをご存じでしょうか。 入谷村で言うところの山火事では火事での延焼防止のために設けられた防火地帯のことを言うんですが、現場にほど近い場所の燃えやすい木や草などを飛び火
※ 「飛火」とは、 火元から吹きあげる火炎又は熱気流に乗って、 火粉が舞い上がり、 これが風に流されて、 地物の上に落下し、 火粉が付着した建物等に着火することをいう
しないようこれらをまるでスーパー林道が出来たのかと思うほど広く延々切り倒し刈り払う,言わばグラウンドのような広場を作るんです。 入谷村の山火事ではこの火除地を地区の消防団を先頭に入谷村の人々が鋤や鍬、鉈、鎌などを手に延焼が予想される山に入り人力でこの広大な火除地を燃え盛る火の粉が来ないうちに短時間死に物狂いで作ったのです。
 一説によれば例えは鎌で据え口20センチはあろうかという木をなぎ倒した者まで現れたと言うからまさに火事場のなんとやら、それはそれは大変な騒ぎだったと思います。
 火付盗賊改方によれば江戸での罪状は死罪・獄門、ならば美晴さんの罪状も斯くの如しと思いきや、入谷村の連中もだが近隣の村人もそこに至った経緯を重んじ、また良く知っていて逆に背徳行為を行った当人たち (主にオトコ) に厳しい目が向けられたんです。


 これに気を良くしたと言ったら語弊がありますが、鳴りやまぬどころか益々お盛んになる不貞行為に美晴さんは業を煮やし二度までも同じ山に火を放ちました。

 また・・・と言う言葉を使っては恐縮なんですが、この頃から美晴さんは徐々に精神に異常をきたしたらしいんです。

 先に行った火除地のお蔭で今度の猛火は火除地 (ひよけち) のお陰で大事に至りませんでしたが今度ばかりは美晴さんも責められましたし別のことで入谷村は揉め始めたんです。 それが古 (いにしえ) から争われていた地権の問題でした。

 その日暮らしの樵 (きこり) は自分たちの仕事 (農業と炭焼き) で手一杯で周辺地を見回るなどと言うことはほぼできなかったんです。

 反面寛治さんは家のことは嫁に任せ自由気ままに何処なりと出かけていたんです。

 ところがこの度の大火で否応なく境界を越えて火除地作りに入谷村の人々はまたも奔走させられました。

 この時ばかりは他人の土地であろうが何だろうがおかまいなしに木を切り倒しました。

 見回っていないとはいえ山子は山に精通しています。

 先の大火では気が動転しそれどころじゃなかったんですが、今回は慣れもあって一見してこれは変だと気づきました。

 火事が下火になるとその話しでもちきりになったんです。

 その段になって足羽寛治さんの不正が次々に明るみに出たんです。

 つまり境界の目印となるべき木とか目標物が別の物にすり替えられ、或いは移動させられていたんです。

 これ以前の切り図はいい加減なもので寛治さん、適当にこれを書き換えさせていたんです。

 村人は烈火のごとく怒りだし、寛治さん宅にあった過去の証文を全て焼き捨てさせ、あるものは寛治さんの土地との境界線を自分たちに都合の良いように切り図自体を相互に適当な証人を立て作り直し始めたんです。

 こんな状態になってるのに火事に怯えたのは当の寛治さんではありませんでした。

 もちろん放火した美晴さんでもありません。

 最も怯えたのは不貞の妻を持つ正治さんの方だったんです。

 毎夜の如く深夜を過ぎるころ妻が忽然といなくなれば胸騒ぎがするのは人の常です。

 しかも美晴さんがそうまでして晴世さんを付け狙うのは自分の亭主を誘惑しようとする晴世さんが憎いからでした。 とはいっても好意を寄せる美晴さんと嫁が殺し合いとなると黙っちゃいられません。 かと言って寛治さんの元へ走りたくて狂っている嫁を姦通かと問いただし引き留める勇気など長年連れ添ってきた故に持ち合わせていなかったからでした。

 何事につけ身勝手な寛治さんはしかし、従兄である正治さんや妻である美晴さんのささやかな願いもむなしく熱にうなされるが如く晴世さんの誘い出しに応じて夜な夜な家を抜け出して締め込みを行っていました。

 時間と共に正気を逸する女を手玉にとるのが何より好きだからです。

 そんな姦通が一段落したおりに晴世さんが口にしたひとことが

「上組 (かみぐん) の山が中組 (なかぐん) の誰かによって名義変更されてるんだって。 知ってた?」

 入谷村は下・中・上それぞれの群落が地権を巡って古より仲たがいしてました。

本家分家で競い合ってるとはいえ元はと言えば出は同じ上組 (かみぐん) の足羽家一派、一致団結してこれに立ち向かわねばならない時にあろうことかいがみ合いが始まっていて居心地が悪いと言われ仮にも長がああそうかというわけにはいかないんです。

 「今に罰が当たる」

寛治さん、言葉を誤れば今日の逢瀬はご破算になるというのによりによって愛しい女に向かってまで所詮その程度しかこの件については口に出来なかったのです。

 「ちょっと、これ見てよ」

それでも引き下がらない晴世さん、彼女が持ってきたのは上野 (かみ) 家が大事に保管し本家にも見せようとしなかった切り図でした。

 「ええっ、そうか・・・どれどれ」

一見して凍り付く寛治さん、なんとそこには本来上野 (かみ) 家が脱穀した籾殻の置き場に用いていて耕作も行っている田んぼがいつのまにやら原釜 (はらがま) 家の名義から上野 (かみ) 家に書き換えられている、いわば偽の証文だったんです。

 晴世さん、なんやら小難しい書体で書かれているこの切り図を読めなかったものの堤のある山に関する大切な書類と言う、たったそれだけのことで正治さんに内緒で持ち出して来てたんです。

 「いや・・・なんだな・・・よく調べてみんとな」

晴世さんには敢えて籾殻の置き場にしている田んぼのことは伏せ、堤の脇の山の頂上付近の境界を指し示し古来から境界と言うものはあって無いよいうなもので常に争いが絶えない旨説明しておいたのです。

 中組 (なかぐん) の定男さんに言われるまでもなく上組 (かみぐん) は中組 (なかぐん) の後に入谷村に入り込み出来た集落で表面上持山は広範囲にわたってるように見えてその実、目に見える範囲のみ所有が許されていて一山越えればそこはよそ様の土地だったんです。

 晴世さんはこの地に慣れ親しんできており、しかしそれは姑から聞かされたもので真実を知らずして寛治さんを夜ごと誘うためこの尾根道を通って通って来てたからでした。

 「早くしてよね。 イヤだわよ。 中組 (なかぐん) の道を毎夜通ってあなたの元へ通うのなんて」

晴世さんはここぞとばかりに駄々をこねますが

今下手に騒ぎ建てすれば、それこそもっともっとボロが出る。 この時ばかりは何か他の話題に切り替えるしかなかった寛治さん。

 「儂はこの度のことで何か他の事業をやらねばと・・・」

ただぼんやりとこの場で思いついたことを晴世さんに良かれと思い口走っただけだったんですが・・・

「それなら良い考えがあるわ」

今のうちに切り開かれた火除地を使って奥山の材木を切り出してはどうかと晴世さんは寛治さんに言い始めたんです。

 今宵も恋焦がれる晴世さんの躰にやっと触れることが出来たと喜んだのもつかの間、もう晴世さんは締め込みに来たことなどすっかり忘れ寛治さんの次の言葉を聞きたく詰め寄って来たんです。

 女の悲しさ、心は正治さんの元にあるものの躰はすっかり寛治さんに入れあげ奪われそうになっていました。 それでも正治さんのためにと善い返事を聞きたくこうして詰め寄っているのでした。

 「この村じゃ木は足りてるけど、里じゃそうはいかないでしょ」

木の切り出しには昔から馬がいると分ってはいたんですが、肝心の馬を飼う人など入谷村にはいなかったんです。

 田を耕そうにも馬は速すぎて入谷村の非力な男たちでは扱えず、さりとて肉にしようにもこの地では馬肉を食べる習慣がなかったからでした。 つまり飼うこと自体愛玩用ならいざ知らず所詮無駄なんです。

 晴世さんが何故こんな時期に突飛も無いことを言いだしたのかと言うと、それは取りも直さず夫の正治さんと寛治さんが手を組んで事業を起こしてくれるかくれないかにかかってたんです。 それほどまでに入谷村の経済は時代の波にのまれ切羽詰まっていたからでした。

 「木を運ぶのに木馬 (きんま) って言うのがあるでしょ」

「あああ・・・おう、知っとる知っとる。 けど、あれはなぁ~」

危険すぎて入谷村の百姓どもには荷が重かったんです。

 すると晴世さん

「何もこの村の人たちに木馬を曳かせよとは言ってないわ。 事業を起こすって言ってたでしょ。 木馬を扱える人を雇うのよ」

木を切り倒すのは入谷村の人たちは得意だから専門の人たちに技術を学び日雇いに雇ってあげればと晴世さん。

 口には出さないものの晴世さん、寛治さんはその雇った人たちに高利貸しをやって儲ければよいと言いたかったのです。

 荒くれ仕事は正治さんに任せておけばよいと言いたかったんです。

「それともこの村で何もしないで自然に朽ちるのを待って一生を終えるつもりなの?」

畳みかけるようにこう言われてしまうと寛治さん、根が晴世さんを心酔させ寝取ってやろうと思ってるものですから動かざるをえなかったんです。

 そこで寛治さん、物は試しに木出しによく似た孟宗竹の斡旋販売を試みました。

「なんと〇〇の、この度な~ 里の竹材屋が・・・」

孟宗竹は入谷村ではタケノコを食べるか稲を干すための棹に使うぐらいしか使い道がなかったんですが時代の風潮に乗って何処の家でも取り入れており、しかも次第に手入れが行き届かなくなり藪化し始めていたんです。

 「余分な竹はどれとどれか指示さえしてくれれば職人が切りに来て持って帰るから・・・」

切り出しや運搬の心配はないと言い聞かせました。

 孟宗竹の藪は自宅の周囲にあるものの奥山にはありません。

切り出しも運搬も比較的容易で重量も軽いんです。

これは売れました。 寛治さんに次の事業を起こす資金が十分とはいえないまでも貯まったんです。

 男とは単純なモノ、思いがけない収入を得ると、こと女に対しては大盤振る舞いしたくなるんです。

「晴世よ、なんとこれはお前さんの・・・お蔭だなぁ~」

締め込みに来てくれた晴世さんに締め込みに入る前に袖の下を渡しました。

 最初の頃は怪訝がってた晴世さんでしたが、こうやって現金を積まれるとその考えも変わりました。 夫の正治さんを喜ばせてあげることが出来るほどの金額だったんです。

 寛治さんにとって晴世さんは所詮溜まった膿を吐き出す道具とばかり思っていた矢先のうれしい施しだったんです。

 「里の材木屋に伐採の話し持ち掛けてみてな」

「うん、それでどうなった?」

「それがなぁ~ 切り出しは森林組合の仕事だって言うんだよ」

守銭奴が相手ではハナッから相手にしてもらえなかったようでした。

 「そんならウチが聞いてみる」

口をあんぐり開ける寛治さんに晴世さん、森林組合の場所を聞き出しこっそりその話しを正治さんに聞かせたんです。

「ふん、寛治如き」

一旦こうと決めたらまっしぐらの正二さん、寛治さんに気付かれぬよう交渉に向かおうとしましたが、所詮山は全て寛治さんの持ち物、つまり動けばそれは全て寛治さんの利益に繋がりかねないのです。 相手は何と言っても恋敵、ぐずぐずと屁理屈をこね始めたんです。

 「おい晴世」

「なあに」

「いや・・・何な・・・ちょっと肩揉んでくれんかと思ってな」

晴世さんにはピンときました。

 寛治さんの元に足蹴く通うようになってからと言うもの、あれほど豪胆だったご主人に陰りが出てきたんです。

「あらぁ~ 恵美子がお小遣い欲しさに揉んでくれてたんじゃなかったの?」

晴世さん、正治さんの気持ちを分かっているのに素直になれずかまをかけました。

「子供の力じゃどうも・・・」

「変なこと言うわね。 それじゃウチが怪力持ちだとでも?」

 人の心とはいい加減なモノ、あれほど寛治さんに対し嫉妬していた正治さんも大金が手に入った途端、手のひらを返したように優しくなっていった・・・ほんの一瞬ですがそう思えたんです。

 オトコと言えば寛治さんになってしまっていた晴世さん、入谷村の男にとってつらい労働に蝕まれた躰は晴世さんから媚薬をたんまりと盛られた寛治さんと同じはずがなかったんですが、晴世さん、夜ごとの背徳締め込みでそれすら気づかないようになってなっていったんです。

 それでも晴世さん、久しぶりに夫の躰に衣服を通してではあっても触れることに、この日に限って心浮き立つモノがあり肩揉みを始めました。

「なんだかあなた痩せたみたい」

「うん? そうかな~」

「そうよ、最近ご飯の量も減ったもの」

娘である由紀子さん紀美子さん恵美子さんの三人は育ち盛りで食欲旺盛、それと比べたのが悪かったみたいで

「お金入ったんだし、何か好きなお魚でも・・・」

そこまで言って気づきました。 一徹物の夫は魚売りでありながら入谷村にまで入り込んで人様の女房を寝取るあのスケコマシの荒勘さんが大嫌いなんです。

 躰に悪いと知りつつも晴世さん、ご主人にはせいぜい庭に放し飼いしてる鶏の卵を食べさせる程度しかしてこなかったんです。

「あなたさえ良かったら隠居 (えんきょ) にモツでももらいに行って来ましょうか」

時雄さんは馬喰、屠殺が行われた日には人が喜ばない部位は持って帰るんだとよく聞かされていたからでした。

 その精力があればこそ下組 (しもぐん) の中 (なか) で寄合があった折、人様の女房である長嶋史帆さんを膝の上に乗せ宴席で凌辱出来たのです。 晴世さん、もうこの頃は殿方と考えただけでこういった想いに及ぶようになっていってたんです。

 途端に正治さんの躰が緊張で硬くなったんです。

決して晴世さんが怪力を出し過ぎて痛かったわけではありません。 第一痛いとか一言も発しなかったからです。 その証拠に正治さん、全身を目にして晴世さんの気持ちを汲み取ろうとし始めてたんです。 今宵だけは自分の元に妻を留めおこうとして。

 (ウチ、余計なこと言っちゃったかしら)

痩せるほど疲れてる亭主から夜伽の声がかかる筈もありません。

それに荒勘さん以上に時さんの馬喰という職業を旦那は人を騙して我が子のように大事に育ててきた牛を掠め取ると嫌っています。

(気のせいか・・・そうだよね・・・)

結局その夜はうとうとしながらも正治さんが気持ち良さに寝入るまで肩を撫で摩りました。

 それとは真逆に美晴さん、この頃はもう寛治さんから肩を揉めだの今宵はどうかだのの声が一切かからなくなっていたんです。


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