女性の心を射止めるにはその
心の動きを如何に的確に捉えるかにかにかかっている。 と、ある人は知ったかぶりでのたまう。
口で言うのは簡単でしょうが、それが如何に大変なことか司は身をもって感じてしまったようでした。 美月ちゃんなら簡単ではなかろうかと近寄り、添い寝させてあげる仲にまで発展したんですが流石に有本家を出て学校に向かってから帰るまでの間に実際何が彼女の身に起こったのか聞き出すなんてことが実際問題できないんです。
母親にさえ隠し通している、いま彼女が置かれている位置を知るというのは生半可なことではできそうになかったんです。
これからすると千里さんの場合もっと根っこが深いはずで、この頃では司が心から知りたいと思った 『一体彼女の身に何が』 は永遠の謎のように思えてくるのです。
これまで一緒に暮らしてきて分かったことと言えばこちらが頑張り通して何かが達成でき、或いは母娘共々明るい兆しが見えてきたように思え、次の瞬間過去にあった何かを思い出すのであろう、
瞬く間に水泡に帰す。 そう言ったことを幾度となく繰り返して切ったんです。
一般世間で言うところの表面面ではなく自分が根底から変わり、しかも下僕で有り得ることが出来たなら
心の動きも読み取れるようになるかもしれないとの結論に至ったんです。
このふたりは時として
正義感に満ちた発言を延々と繰り返すことがありました。 最初は穏やかだった口調も次第次第に熱気を帯び、終いには激高してしまうんです。 司はあまりの激情についつい口を挟んでいました。 すると彼女らの発言は益々熱を帯び、体力・精神力が尽きる頃になると一瞬にして
投げやりな言葉の羅列に代わるんです。
それがどこから来てるのか、彼女ら、殊に千里さんは頑なに過去について口を閉ざしていますので知りえることが出来なかったのです。 でも、よくよく考えてみれば過去に幾度となくそういった経験を経てるからこそ口に出せるような気がしてきたんです。
司はだから、こういった発言が始まるとまず黙って聞き役に回りました。 否も応もなく聞いておき、それが今の生活のどのあたりに当てはまるのか自分なりに考えその部分については特に気を遣うことにしたんです。
藤乃湯には今でも多少なりともお金を治め離れの小屋に泊めてもらっています。 この地位を利用し司は毎朝通学路を学校に向かいました。 美月ちゃんとは行動を別にし付かず離れずの位置から見守ることにしたんです。 時には学校の許可を得て教室を覗き見ました。 故郷である津和野でもこういった生徒に対しいじめというのは少なからずあり目にすることのありました。 そう考えると美月ちゃんもその対象に含まれるような気がしたんです。
美月ちゃんの心が安泰に向かえば自ずと千里さんの気持ちも安らぎ少々何かやらかしたとしても笑って済ませてもらえるんじゃないかとこのような手段に打って出たんですが・・・ 出だしから美月ちゃんの警告を受けることになりました。 あれじゃ益々相手がつけあがると言うんです。
まあ美月ちゃん自身がいじめられてると認めたようなものだったのでその点は助かったんですが、そうなると一体どの子が美月ちゃんを標的にとの疑問が残りました。 そうして探し当てたのがなんと、一番美月ちゃんを庇ってくれてると思ってた子が一番いじめてると分かったんです。
その子の自宅を覗いて見ると果たして、その子こそ美月ちゃん以上に家庭環境に問題があったんです。 そのはけ口に美月ちゃんが利用されてたことがわかりました。 でもこの件について司は何も言わず、しかし美月ちゃんとその子の間をずっとマークしお互い近づけないようにしつつ、しかしお互いに影響を与えるべく機会さえあれば話しかけていったのです。
それを親が知ることになったのですが、相手が藤乃湯に出入りしている男と知って尻込みしてしまったんです。
司は思いました。 恐ろしく思われてるなら思わせとけばよいと。 それでその子に変な真似をしなくなればもっけと幸いと思うことにしたんです。
司が考えた当初の計画では美月ちゃんを攻略出来たら次は千里さんと考えていました。 ここまで頑張ってきたのだからせめても美月ちゃんが寝静まったその隙に千里さんの脇に潜り込んでもバチが当たるまいと考えていたんです。
だからこそ疲れたとか眠いとかは我慢しマッサージを続けて来たつもりでした。 もう一歩という段になり地雷を踏んでしまったようなんです。
一度は余計なことと毛嫌いし、離れて寝るようになった美月ちゃんがこの頃ではまた懐に潜り込み一緒に寝てくれるようになったんです。
安心したのもつかの間、司も睡魔に襲われ寝入った風に感じたらしく千里さん、コッソリ部屋を抜け出し夜伽に出かけて行ったように思えました。 寝苦しくて目が覚めたなどとは明らかに違う、手を伸ばせば届くであろう脇で寝入る、ただ
面倒見の良いだけの男に気づかれぬうちに
誘ってくれた今宵の男の元へ契りを結ぶため出向こう、裏切りと背徳ととられたとしても、一向にかまわないという風な思い詰めたような息遣いがひしひしと伝わってきたんです。
もしも美月ちゃんと出会わなかったら司は両親の説得に応じて郷里に帰ったであろうと考えたほどでした。 でもそう考える自分に、それではあの時何故に彼女を好きになっただろうかと問う自分がいたんです。
諦めようと何度考えたことか。 しかし今の今でも諦めきれなくて歯噛みするような気持になってしまう自分がいたんです。 そしてまた、この方向性をどうしても捻じ曲げる気になれない卑屈にゆがんだ自分の顔が暁闇のガラス戸に映っていました。
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