河鹿蛙のように
自転車に乗って何処までもどこまでも出掛けて行ったからといってそれほど苦労せずとも往復できる脚力をごくごく自然に養ってしまった千里さんにとって農場から掘割への道と千秋さんらが閉じ込められてる旧温泉街とは彼女に言わせればそれこそ目と鼻の先なんです。 がそこに行くのですら今の千里さんにとって時間が惜しいのです。 夏の今が一番植物にとって手のかかる時期だからです。
なのに事情が事情だから如何に自転車なら自由に何処へでも行けると言っても自転車で行くことなど出来ません。 お金がないのにできない・・失敗したら何時間も滅多に通らないバスをバス停で待ち自転車を置いている掘割に引き返して来なきゃ農場に向かえません。 それだけに河鹿蛙が鳴く温泉街に向かうのは・・・それがウリということもあり気分的に鬱になりそうだったんです。
客待ちの服装にしてもそうでした。 農場から掘割まで自転車でどんなに頑張って漕いでも一時間近くかかります。 普通なら汗びっしょりになるんですが、まさか見も知らぬ漢を誘うのに、しかも誘いに乗ってくれたら河鹿蛙が鳴く温泉街に目的を定め出かけなきゃいけないのにレーシング・スーツっていうのも変だから何処かでお出かけの服装をしなきゃいけないんです。 そのための余分なお金と第一許される場所が無いんです。
公園のトイレは例の彼女らの縄張りだからです。
そのためあの河川敷に降りて冷水で躰を洗い汗を流しデート服に着替えるのですが その無駄な動作たるや、普通のデリさんに比べひと手間もふた手間も多く時間がかかる、それがまた彼女の中の苛立ちを増させました。
そこまで行くと気持ち的に疲れ切ってしまい苦労したその先で上手くいくかどうかもわからないのに男女の契りなんて気にどうしてもならないからでした。
まだあります。 それは温和な雰囲気で別れたとはいえこの地区でウリをやろうとすれば必然的に先駆者のあの年下くんの所属するグループと客の取り合いでぶつかるからでした。
そう思って周囲を見渡すと女日照りで目の色変えて漢どもがウロつく格好の場所である駅周辺や掘割地区にはそこここに客を探すべく彼らの目が光っているのです。
彼らの命を受け逆ナンに駆り出された女の子もちらほらと姿を見かけるんです。 千里さんは彼らと争わないよう物陰に隠れるようにして漢探しをせねばならなかったのです。
雑踏の中から漢を探し出し交縁を持ち掛ける・・とはこれほど厄介なものなのかと今更ながら思わないでいられませんでした。
「こんにちは千里さん、今日は調子はどう?」 「うううん、さっぱり。 ここいらも暫らく来ないうちに寂れたねえ~」
土産物店の、かつて藤乃湯旅館で夜伽をしている時に親しくなった店員さんが、あまりにも哀れな千里さんの姿を見て思わず声を掛けてくれました。
「あれから連絡は?」 「…そう思って待ってるんだけどねえ~ さっぱり」
片手をヒラヒラと振って見せると
「さっぱりって千里さんねえ、あんたたち良い仲だったんだから司さんの実家が何処にあるかぐらい知ってるんでしょ?」 と来た。
知ってはいるがまさか夜伽をしていた女が大事な跡取りに確たる申し込みもされたことないのに図々しく実家に押しかけるわけにもいかない。
「美月が元気でいればと・・それだけよ」
言葉の最後は捨て台詞になってしまったのです。
「ねえねえ、じゃあさ。 彼が実家に立ち寄ったかどうかも調べてないんだ」 「・・そんなこと言ったって・・第一どうやって調べんのよ」
この店員も役所の能無しに千里さんが散々躰を弄ばれ、挙句に捨てられたことも良く知ってるし、とすれば戸籍係を使うこと自体躊躇われて行っていないことになると、そう踏んだのです。
「美月ちゃん、もうとっくに中学上がってるわ。 いくらでも調べようがあるじゃない」 「ごめんなさい・・ウチ・・今の立場じゃ無理なの」
捕まったことに今でも怯えて生活してたんだと分かった店員さんは
「うんわかってる。 大丈夫、ウチに任しといて」 気前よくポンッと胸を叩いて見せたのだ。
(ありがとう。 気持ちだけ受け取っとく)
ぺこりと頭を下げるとまた漢探しに出かける千里さん。 後ろ姿が店内から消えたのを見届けると店員はすかさず売り場から席を外し何処へやら電話を掛け始めた。
店員と別れた後千里さんはそれでもと藤乃湯旅館のあった場所からそれほど遠くない役所裏の公園内を目指し漢を探して歩いたのですが・・ しかしそここそ躰を切り売りすることに何の抵抗も示さないデリの女どもの溜まり場だったのです。
掘割は成る程観光にはうってつけなんですが女目的となると物陰に引っ張り込める公園の方が有利だからです。
千里さん、そうとは知らずただ鬱屈した気持ちを少しでも和らげ、それでいて漢に巡り合えたならと公園内を見渡せるベンチに腰掛けぼんやりしてただけだったんですが
「ねえねえ、見てよあの女」 「あの女って何処?」 「あれよあれっ、池の畔の~ 夜になると一番アレに使われやすいベンチ!」
指さす先に如何にも手を差し伸べなきゃしおれてしまいそうな女性と言いますか千里さんが座っていたんです。
そこは成る程公園の入り口から見ると躑躅の植え込みでベンチに誰かが座っていることさえわからない。 しかし一歩池の畔を回り込むと植え込みの隙間からイヤらしい行為をしている男女を覗き見ることが出来る一角があり公園内で一番熱いスポットだったのです。
だから彼女らはこの場所で大切なところがチラリと見えるように腰掛け誘ってみたりしてて、いわば彼女らの漢漁りの縄張りだったんです。
「誰の縄張りと思ってんだあの豚!生意気なばばあ、やっちまおうか」 「そうだそうだやっちゃえ」
リーダー格が一歩踏み出すと格好つけたがりの手下の女がそこいらにあった小石を掴んで走り出し池の向こうからいきなり千里さん目掛けて投げつけたんです。
運が良かったと言おうか悪かったと言おうか、その小石は千里さんの丁度脛辺りに当たったのです。 痛みでうずくまる千里さんをいきり立った女3人がかりで殴る蹴るの暴行を加えました。
壊れ行く千里さんを前にして狂気に目覚めたのか嬌声を張り上げつつの暴行だったので直ぐに付近を歩いていた人たちに見つかり通報され丁度役所に来ていたミニパトの婦警ふたりが駆け付け逃げ惑う女のうちまずリーダー格を取り押さえました。 残りふたりはリーダー格がチクッたりしないか心配で舞い戻って来たところを捉えられました。
忌まわしさに近寄りたくもなかった署内に千里さんは再び被害者兼参考人として呼び出されたのです。 それこそ延々取り調べを受け解放 (格好から言えば保釈と同様に裏門から出された) されたのはもうそろそろ日付が変わろうという頃になってからでした。
そんな状態なのに被疑者か加害者かの判断がつかないため 「送って行こう」 の一言もなかったのです。
殴打された影響で躰は勿論のこと顔が痛々しいほど腫れ上がり、とても立ちんぼどころじゃなくなったんです。 足を痛めていましたので自転車で農場に帰るにも相当痛みに耐えなければ辿り着けそうになかったんです。
痛みと悔しさに涙を流しながら山奥の農場に向い夜が明け始めてやっとのことで辿り着いたのです。
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