惠は突然私に
意表を突くような
質問を浴びせてきました。
「結婚って、
愛する者同士が夫婦となって、
ひとつ屋根の下で暮らすことじゃないの?」
私は至って神妙に答えました。
「
愛する者同士どすか…」
「そりゃ一概に
愛する者同士だけとは言えないだろうけど。世間には色々な状態の夫婦がいるわけだし。うまく言えないけど…。男女が社会的に認められて、継続的な共同体を作ることを目的とした
契約行為と言うか…ははは、うまく説明できないよ~。でも、どうしてそんなこと聞くの?」
「
かんにんしとくれやすな。結婚て何やらよう分からんようになってしもてぇ……」
「惠…」
「何どすか?」
「人生山あり谷ありだよ。いい時もあれば悪い時もある。結婚してずっとうまく行ってる夫婦なんて滅多にいないと思うよ。惠は今スランプな時期なんだよ。きっとそのうちうまく行くって」
私は自分でも驚くほど思いがけない言葉がスラスラと飛び出しました。
でも辛そうな惠を見ていて、彼女を励ますことが、今、自分にできる精一杯のささやかな愛だと思いました。
「さよどすなぁ……」
惠は私の言葉を噛み締めるように聞き入り、静かにうなずきました。
しばらくすると私の方を見つめて笑顔で
ささやきました。
「あっ、かんにんしておくれやす。何やら暗い話してしもて。せやけど、ほんまにおおきにぃ。うち、裕太はんと出会えてよろしおしたわぁ」
「僕も惠と出会えたこと感謝してるよ。ありがとう、惠……」
「裕太はん……」
私はテーブル越しに両手で惠の右手を握りました。
惠は私の手の甲に左手を重ねてきました。
私は言葉が詰まってしまって、何も言えなくなりました。
ただ惠を見つめるだけでした。
惠の瞳がわずかに潤んでいるのが分かりました。
「……」
「……」
「さあて、じゃあ、ぼちぼち四条へ送るとするか……」
私はその場の重い空気を払拭するかのように、あえて明るく告げました。
「はぁ……ほな、よろしゅうに……」
◇
私は金閣寺から南に下る道を選び、西大路四条の交差点を目指しました。
さらに西大路四条を東に折れ、四条大宮、四条堀川を経て、四条烏丸へと向かいました。
できるだけゆっくり走り、少しでも長く惠とともに過ごしたかったのですが、皮肉なことに、こういう時に限って道路は交通渋滞もなく滑らかに進みました。
まもなく四条烏丸の交差点が見えてきました。
ついに惠との別れの時が来たようです。
「裕太はん、色々とお世話になってしもて、おおきに、
はばかりさんどしたなぁ。短い時間どしたけど、ほんま、楽しゅおしたわぁ……」
ハンドルを握る私の耳元で、惠はあの
心地よい京言葉で
ささやきました。
その時、胸に込み上げてくる熱いものがありました。
私はもう一度、惠の顔をしっかりと記憶の底に焼きつけておきたいと思い、四条烏丸の交差点近くでクルマを路側帯に寄せました。
振り返って惠の方を見ると、彼女はハンカチで目頭を押さえていました。
「惠……?」
「……………」
「惠…元気でね……」
私は涙ぐむ惠に、そんな
ありふれた言葉を掛けることしかできませんでした。
「裕太はんも…お元気でぇ……」
惠は声を詰まらせながらも、精一杯声をふりしぼりました。
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