知佳の美貌録「いつも仲良し３人組」
暑い日も寒い日も、いつも仲良し３人組は一緒だった。
学校が休みの日には、この３人組は弁当持参で
付近の公園と言わず海岸と言わず自転車で走り回り
おしゃべりして過ごした。
思えばこの頃が、
学生時代の中で一番幸せだったような気がすると久美は言った。
家の用事が済めば知らぬ間に、右へ左へと銘々勝手気ままに姿を消してしまう両親
夕食時などでたまたま夫婦が顔を合わせれば、それだけで嵐が吹き荒れた。これを嫌い
ひたすら二階の部屋に閉じこもって勉強に励む弟に囲まれ、必然毎日の家事は久美が受け持った。
何もない中での食事つくり、酒を飲めば荒れ 家の中に嵐が過ぎ去ったような状態を作る父の
寝静まった後の片づけから掃除はすべて久美の仕事だった。
疲れ切っても 勉強する場所と言えば、いびきをかいて寝込む父の脇でちゃぶ台に向かって
睡魔と闘いながら宿題をこなす程度が精一杯で、それ以上は神経が持たなかった。
早朝から朝食の用意と弟とふたり分の弁当作りを終えて学校に向かうときには
家の玄関先で友達ふたりがいつも待っていてくれ、その友達の背中を借りて
わずか数分の通学時間だけが久美の安心しきって勉強に励める時間だった。
友達の一人の背中を借り、本を開いて読みふける
一心不乱に本を読み記憶する久美、前方に障害物がありはしないかと目を見張ってくれる友達
後方を守ってくれる友達 こんな方法で勉強しているにもかかわらず、久美は主席に近かった。
それが友達ふたりにとっても自慢だった。
そんな久美が休みの日になると母に頼むことがあった。
友達ふたり分の弁当がそれで、中にはたっぷり卵焼きを入れてくれと頼んだ。
毎日家事を担当する久美だが、卵焼きだけは母にはかなわなかったし、
友達も久美の母の焼いてくれた卵焼きが楽しみで、弁当は久美が持ってきてくれるものと暗黙の了解があった。
好子は喜んで作ってくれたという。
だが、不思議なことに娘の久美にだけは冷たかった。久美の分は作らなかったのである。
女としてのライバル視ではないかと、久美にもようやく漠然とだがわかり始めていた。
弟には何処からか手に入れてきた食べ物を与えても、久美に対しては
それは一切なかったばかりか、この２歳違いの弟が、あの好子が問題を起こした高校に
合格した時には手放しで喜んで、授業参観にも出かけ世間に吹聴しても
久美には学業のためのお金はびた一文余分に出さず、卒業まで一度も顔を
出したこともなかった。
幼少の頃、こんなことがあった。
例の、最初に夜逃げ同然大阪に逃げ込んだ家に後日呼ばれ、泊りがけで出かけ
ちょいとした用事で弟を連れ電車で数駅乗り継いで知り合いの男の家に向かっていた折に
それに気が付いて弟は、途中で勝手に引き返し 警察を巻き込んで大騒ぎになったというが、
心配して単独、大阪中を探しまわった久美については 弟が親戚の家に帰りつき一件落着しても
母の好子はまるで心配せず、翌日になって疲れ果てて帰ってきた久美を逆に叱ったという。
弟３歳の頃の話であるから、久美は未だ５歳 十分心配に値すると思うのだが、
母 好子はこの年の ましてや女の子に対して必要以上に冷たくあしらっている。
後年、この件に対し嘘かまことか問いただすと
「ほんまに賢い子やわ、最初に乗った駅から下車した駅、道順も 弟は覚えていたんやて」と
逆に
「一生懸命探してんのに、勝手にどこへやら行ってしもうてな」と久美へ小言を言う始末だった。
久美はこの学校でも、その性格をいかんなく発揮した。
年一回の学芸会などがそれで、本格的な仮装行列のために何ヶ月も前から主役を決め
練習させ、当時では敬遠されていた教師を悪役に巻き込む交渉までやってのけていて
次第に主役争いまで巻き起こす伝統行事にまで発展させていった。
昼休憩の弁当の時間、久美はオカズのない弁当を同級生の目の前で食べるのが恥ずかしく
自ら進んで放送部に入り、部室に鍵を掛け好きな音楽を流しながらそこで過ごした。
体育祭では女子が行うのは危険だと言われ廃止になっていた組体操も、強引に復活させるなどした。
それほどの活躍を見せる久美だが、唯一欠落した部分がある。
それが母 好子の存在で、この頃既に好子は家でその姿を見ることはほとんどなくなっていた。
