つかの間の幸せ
ゴールデンウィークは、だから書入れ時で それが終わると次の来客にそなえ一斉清掃が行われる。
本来はボランティア中心の活動で間に合うつもりの計画も、このところの観光ブームで各家庭にまで参加を呼びかけなければならないほど周辺は荒れ放題に荒れ、ゴミが散乱していた。
作業は例年通り地区の市内一斉清掃に合わせ日曜日の朝、午前8時から行われた。
各地区ごとに集まって担当区域の説明と、集めたゴミの集積場・分別の仕方などを確認し合って作業が始まった。
こういった作業に駆り出されるのはほとんどの場合、決まって主婦と子供たちで 亭主はたまの日曜日と家族が家を空けたすきに遊びに出かけるのが常だった。
由美子は指定された地区のゴミ拾いを子供たちに手伝わせ始めたが、いつしか低学年の子供たちは集めたゴミの中から遊び道具を見つけ、遊びに夢中になっており 結局肝心な場所になると由美子たち大人だけが割を食った。
ゴミは時に身の丈ほどもある雑草の生い茂る中や、脇を流れる水路の中にまで落ちていて、由美子もゴソゴソと歩き回るうちに着て行った服は汗と泥汚れでドロドロになった。
この作業に由美子と一緒に活躍してくれた青年がいた。
由美子が長靴を履き蜘蛛の巣よけの帽子やらタオルやらで身構えているのに、この青年はいかにも散歩でもしていて見るに見かねて参加してみたといった風で、履いている靴もスニーカーなら服も上は半そでとラフなスタイルだった。
そんななりでは草の中に潜んでいるマダニやマムシなどの格好の餌食、由美子は青年のことが気になって仕方がなかった・・・。
結局最後まで残ってゴミ拾いしたのは途中から加わってくれた青年と由美子だけになった。
受け持ち担当区域の清掃を終わって、元の場所に帰ってみると 責任者だけがゴミの集積車の到着を待っていてほかの人たちは全員帰ったと言った。
由美子にとって怒りが収まらなかったのは、来がけに乗せてきてくれた地区の副会長のご婦人が、由美子の帰りを待たずに勝手に帰ってしまったこと。
由美子は帰りの車の手配が付かず、途方に暮れた。
作業中に万が一落としたら大変とスマホは自宅に置いてきていた手前、副会長にもタクシーにも連絡できない。
仕方なくとぼとぼと歩き始めた由美子に青年が声をかけてきた。
「どちらまでお帰りですか? 乗っていきませんか? 送りますよ」
「でも、悪いわ。見たでしょ? 汚いところばかり歩いてたから服も靴もドロドロ、車が汚れるから」
誰も乗せたことのないほど助手席の床はきれいに掃除がなされていて気が引けた。
「かまいませんよ。車の掃除なんか簡単だから」
青年は運転席から降りて、助手席のドアを開け 半ば強引に由美子を乗せ走り出した。
走る車の中で青年は、由美子に気を使ってからかいろいろ口をきいた。
釣られて由美子もそれに応え、少し落ち着いて帽子を取り汗でベットリした髪を直す気にもなった。それほど青年の口調は由美子にとって心地よかった。
心地よかっただけに車がどの方法に向かって走ってるかに気づくのが遅れた。
車が止まって青年が助手席のドアを開け、降ろしてくれるまで自宅に向かってくれているものとばかり思っていた。
だが、着いたのは見も知らぬ場所、きれいなコーポの駐車場だった。
「えっ、 ここどこ? うちに送ってくれたんじゃなかったの?」
「はい、そのつもりで何度もお伺いしたんですけど教えていただけなくて仕方なく・・・」
「そのままじゃ疲れも取れないし、まずいなと思って。うちの風呂じゃまずいですか?」
屈託のない受け答えに由美子は笑うしかなかった。
確かに言われる通り、青年の口調に酔いしれ、自分が何をしているのかさえ覚えていないようじゃ言い訳にもならない。
「ごめんなさい、お言葉に甘えて風呂使わせていただきます」
部屋に通されて驚いた。
あまりにも小さかったし、第一 入浴するときの脱衣場がない。
脱衣は風呂に面した台所で、玄関ドアに鍵を掛けて行うしかない。
戸惑っていると、風呂に湯が溜まったのを確認した青年は部屋を出ようとし
「僕が出たら玄関に鍵を掛けてください。風呂の間に服を洗って洗濯機の上の乾燥機で乾かし・・・」
その間車で寝てますと言った。
由美子も主婦が長い、風呂に入っている間に洗濯は終わるし、乾燥機なら全部で1時間もあれば仕上がる。
その間に使った風呂もきれいに掃除ができる。
「ありがとう、そうさせてください」素直に喜んだ。
由美子はこの時気づかなかったことがあった。
玄関に脱いだ長靴は川の中を歩いているうちに水が入って汚れ、ドロドロになっていた。
それを、青年はさりげなく部屋を出る折に持ち出し、部屋の外の水場で洗っておいてくれていた。
洗い終わると中の水分を車に乗せていたタオルで簡単に拭き取って車の屋根に乗せ乾かしにかかってくれていた。
表はカンカン照りの陽気で、気温はぐんぐん上がっており、洗い上げた長靴はすぐに乾き始めた。
その間にも助手席の汚れも長靴で使ったタオルで拭き取って次に送っていく用意をしてくれていた。
そんな事とは知らず由美子は、風呂上がりの心地よさから奥に敷いてあった布団で寝始めていた。
どれほど眠っただろう。
ふと見も知らぬ場所に寝ていることに気づいた由美子は、慌てて玄関の鍵を開け、外を覗いてしまった。
鍵を開けてもらえない青年は、車を洗った同じ水場で着の身着のまま水を頭から浴び、汚れを落とし
ついでに洗車まで済ませ、拭き上げていたところだった。
突然部屋のドアが空き、一糸まとわぬ女性が飛び出してき、驚いた。
弾き上がるように由美子に突進し、由美子を部屋に押し込んで鍵を掛けた。
「どうしたんですか?何があったんですか?」矢継ぎ早に青年は聞いていた。
訊かれた由美子こそ何が何だかさっぱりわからない風だった。
布団の上に座らされ、青年からまじまじと見られたことで、初めて由美子は自分の行った恥さらしな行動に気づいた。
「あっ、乾燥機の中に服入れたままだった・・・」
立ち上がった由美子を青年がガッシリと受け止め通せんぼした。
抵抗しようとしてその腕の中に抱き込まれる形になってしまっていた。
「ごめんなさい、こんな暑い中、外に立たせたままで・・・」
言い終わるまでに青年は自分から先に立って乾燥機に行き服を取り出し由美子に渡してくれ
自らは服を脱ぐとシャワー室に消えた。
中からシャワーを使う音がした。
その間に由美子は青年が取ってくれた服を着て、寝床を直した。
シャワー室が空く前に、台所でバスタオルを持って青年が出てくるのを待ち構えた。
出てきた青年は戸惑ったが由美子は一歩も引かなかった。
頑として青年の身体を拭くんだと言い張った。
由美子の怒気を含んだような目に青年は仕方なくそれを許した。
由美子は青年の身体を丁寧に拭いた。特に日焼けした背中はタオルをそっと押し当てるようにして拭いた。
「何かクリームのようなもの無い?」
日焼けした背中に塗りたいと由美子は言った。
「いえっ、そんな気の利いたもの・・・大丈夫です。ほっときゃ治るから」
由美子は青年のその背にすがって泣いた。
「鍵なんか掛けなきゃよかった・・・」
「でも、おかげさまで女神を拝むことが出来ました」
振り返った青年は屈託なく言った。
「ばかっ、 もう知らない・・・」 忍び泣きが大泣きになり青年はとりなすのに苦労した。
疲れて、少し横になりたいという青年に由美子は寄り添って枕元で青年の髪を手で櫛とかし、肩を擦った。
つかの間の幸せが由美子を押し包んだ。
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