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廃村に漂う黒い影 控えの女の死

騙すか騙されるか、控えの女と露木の駆け引きが始まった。
恋とは悲しいもので、控えの女は露木とのつかの間の恋、その囁きが始まると、それだけで夢中になった。
媚び、諂ってひたすら露木に甘えた。

ここに呼び出された、その理由を到着するまで何度も思考をめぐらした。
それでも理由について思い至らなかった。
控えの女を見ても「ああ、人妻との試験のとき逝かせた女」程度にしか思い出さなかった。

それでも相手は一応レディーである。これから抱く女への愛情を示したつもりだった。
ところがこの常識的な言葉にさえ女は媚びてきた。
まさかとは思ったが、逝かせたことで女に恋が芽生えたのか?と感じ取った。

到着寸前まで練りに練った絡み中心の責めを、物は試しとスロー・セックスに切り替えた。
初恋の女へのいたわりとも懇願とも取れるような会話と技巧で女に接した。
押さば引け、引けば押せである。女は焦れた。己の魅力を使って男を夢中にさせようと露木の好みまで探り始めていた。

挿入が始まると、控えの女のそれは感激のあまり忘我の域に達し始めた。
それでも露木は油断しなかった。
男の良さを存分に仕込むべく、ありとあらゆる技を駆使し女に与えた。そこに愛など存在しなかった。落されてなるものかといきんだ。

与えつつ女の身体を冷徹に見た。
女は恋する男を己の身体で虜にしているんだという自信に満ち溢れていたが、普通ならここまで心通わせ肌を重ねたら逝くはずなのに決して逝く域には達しない。むしろ徐々に醒める風に見えた。
抱きながら露木もどこかが違うと感じ始めていた。

露木が本気で自分の身体に溺れているのか、それを見極めようと全身を使って確かめようとしているのではないかと疑った。
露木にしてみれば手を抜けなくなってしまっていた。女に悟られてはいない、いないが露木の腋に冷や汗が滲んだ。
一体何を考えているんだと露木は思った。抱けば抱くほど冷める女など見たことも聞いたこともなかったからだった。

だが、時間が経ち、女が思考の限りを尽くしきると、状態が一変した。
最初に変化が現れたのは頭部だった。
交接半ばで顔面が蒼白になり始めた。

蜜壺から熱気が失せ、まるで蝋人形の中に挿し込んでいるような冷たい感覚が亀頭から棹全体に伝わり始めた。
そうこうしているうちに女が小刻みに震えだし、口から泡を吹き始めた。どこかで見た症状だと思ったが思い出せない。
「クスリを・・・早く!!」女が訴え、初めて事の重大さに気づいた。

噂は本当だった。
最初は組織に仕込まれ薬物を入れられた。
それがいつのころからか、自ら進んで薬物を使うようになっていった。

その時期が、女から連絡が来なくなった時期とぴったり一致していた。ということは、この女以上に美香は薬物にまみれているとみて間違いなかった。
情交の時間だけが刻々と過ぎた。女に目立った変化は見られなかった。露木は焦ったが女が願う以上恋を演じるしかなかった。
女にしてみれば計算違いだった。

露木を籠絡し、そのことを美香に伝え、美香に耐えても意味がないことを思い知らしめ、露木頼みの精神力を奪った後に、ゆっくりと薬を使って廃人にしてやるつもりだった。
それが恋の甘さに、ちう時間を忘れ、情を交わし過ぎ精神力・体力とも尽きてしまっていたことに気づかなかった。
逆に言えば、美香を廃人にすべく責めるために薬を使いすぎたことになる。

元々はといえば、伊集院から男の良さを存分に埋め込まれ、男なしでは夜も暮れぬ身体にまでなってしまっていた。
レズなど最初から興味はない。
だが、好きになった露木を手に入れるには美香の存在が邪魔だった。自身の手で蹴落としてやりたかった。

それゆえ薬に手を出した。
伊集院に仕込まれる際、最初のうちは何度か薬を打たれた。
誰彼なしに肌に触れるだけで逝きそうになるほど薬はよく効いた。だから美香にもそれを使った。嫌々触れたのでは堕とせない。そこで自身も触れれば逝きそうになるほど打った。薬に頼った。

控えの女が悶絶するのを見た露木は窓辺に近寄り、来るときに打ち合わせした通り降り注ぐ太陽の光を手鏡を使って合図を送った。
特殊隊は地下室にあるエレベーター室に入り込み、一瞬電源を切って、その空間をよじ登り、目的の階に辿り着き突撃の合図を待っていた。
美香が捉えられている階で防犯カメラの映像を監視している見張り員には特殊部隊の行動は知られていなかった。

突撃は躊躇なく行われた。
地下室にいた見張り員も、美香が捕らわれていた部屋にいた見張り員も全員処置された。
特殊部隊の中で真っ先に美香の部屋に乱入した隊員は美香を探し出せずにいた。

他に処置された人員といえば、部屋の片隅にある外鍵にかかったトイレに中で老婆風の婦人がトイレの便器に顔を埋め亡くなっているのが発見された。
美香の姿は既にどこにもなかった。
報告を受けた露木は悔やんだ。控えの女は悠然と露木の前に現れ、時間を気にせず籠絡するほどの関係を持とうとした。その自信は美香の存在がすでにそこにないことを示していたのではなかろうかと思った。

美香は密かにどこかに拉致されている。
それは今回の事件性から見て、恐らく海外ではなかろうかと意見を述べる者までいた。露木でさえそれを疑った。
翌日になって鑑識課から妙な報告が上がった。

トイレで亡くなっていた老婆を前科者の誰かと思って照合を始めたところ、拉致された美香とDNAが一致するのだという。
間違いだと思うのだが、一応報告だけは上げたという。その先はどうしたものかと指示待ちになっているといった。
もちろん捜査課長は突っぱねた。美香が長期間にわたって捉えられていた場所を特定しながら、組織の決定的な情報が欲しくて救出しようとしなかったのは手落ちに違いない。

老婆になるほど薬を打たれ続け、それでもなお救出できなかったとなれば国民から糾弾される。
それだけは避けねばならなかった。
幸いにも、極秘裏に処置された中に元次席検事の伊集院司が混じっている。風俗取締りという、ごく普通の立ち入り検査に見せかけ事件は迷宮入りの指示が上層部から降りた。

美香はあくまで捜査の範囲が届かない場所に拉致されたことにして事件の幕引きをしたかった。
美香の情報を掴んだ時も、突撃したくてもわが身可愛さのあまり命令を出せずにいた。
官庁の中にも、それだけ組織にお世話になっているものが多かったことを物語っていたに違いない。

思えば田辺が美香の元に送られたときが転機だった。
直後から伊集院は検察からも警察からも、そして中津真一からも追われるよううになった。
伊集院の情報を流し、身動き取れないようにしたのは、伊集院がかつて己の男根を使い身動き取れないまでに縛った控えの女だった。

きっかけが露木からの愛だった。
その日を境に控えの女は美香に変わってゲストの相手をするようになった。
ゲストの相手が終わると、スタッフに いかにも美香がゲストの相手をしたかのように見せかけるため美香に薬を打ち翻弄した。

用がないときはトイレに監禁し、水も食用も生きる最低限しか与えず放置した。
飢えに苦しみだすと、それを忘れさせるため、更に薬を打った。
同じ検察の犬だったはずなのに、これほどまで差別を受けている。それが憎くて仕方がなかった。

いつしか組織の中で伊集院以上の力を持つようになっていった。
だれも控えの女に逆らえなくなっていった。
それを表だって誰も言えなかったことが悲劇をもたらした。実に伊集院は、かつて己の城だった山荘に再び逃げ帰り、控えの女がもたらす間違った情報で、怯えきっているところをなだれ込んだ狙撃犯によって射殺されていた。

伊集院を狙わせたのは中津真一だった。
露木より一足先に中津は美香の部屋に忍び込もうとして組織にとらわれた。
再び手先として働くなら見逃してやっても良い。控えの女はこういって中津を解き放った。

解き放つ直前に、真実は廃村のあの小屋にあるとも伝えていた。
中津はまっしぐらに廃村の小屋に帰った。何かないかと探し回った。
その行動を逐一、控えの女は伊集院に報告した。中津の本来の目的も添えて。

伊集院は怒り、組織の最も信頼の厚い男に中津を尾行するよう暗に命じた。
中途半端な指示が間違いを招いた。
伊集院の命を狙っていると勘違いした伊集院の手下は小屋で中津を捉え拷問を繰り返したのちに殺害し、梁に吊るした。 吊るしておいて伊集院を呼び寄せ成果を報告した。組織を守る問答無用の殺人鬼に伊集院は仲間によって奉られた。

他の犯罪と合わせれば、追跡者は必ず殺しに来る。
伊集院は怯えた。
必要以上に周囲を守る手下に武装させた。それが最終的に不幸を招いた。

廃村を縦貫する道路計画書は密かに焼却処分され、元々なかったことにされた。田辺は体調不良と高齢を理由に議員辞職した。正式な図面が外部に漏れることはなかった。
廃村の村に漂う黒い影とは、足羽家の寛治が引き起こした凌辱事件が大げさに伝わっていただけということになった。
一度や二度は起訴という言葉が飛び交った。しかし本部は法治国家としてやってはならないミスを犯した。スパイの派遣と裏捜査での売春を擁護するような行為だ。これが国民に知れたら政府自体がひっくり返る。無理やり矛を収めた。

事件が迷宮入りと決しておよそ一月後、露木の元に成田国際航空のターミナルを護る警備警察から電話が入った。
美香の父親難波英彦が、明らかに東南アジア向けの便に乗るために空港に現れたという。
「そのまま行かせてやってください」露木は冷たく言い切った。

元はと言えば己のまいた種だった。
難波は居もしない娘を追って捜し歩き、やがて南の国のどこかで朽ち果てるだろうと思った。

難波英彦が南の空に飛び立ったその夜、廃村の村に火の手が上がった。
あいにくの風に煽られて火は燃え広がり廃村一帯は焼け野原になった。
朽ちてなお立ち続けていた家屋はすべて灰になった。

消火に当たっていた消防隊員が火の消えた村に入り火元の特定をしていて、問題の小屋付近から身元のしれないふたりの遺体を発見した。
警察で調べた結果、遺体は中津真一とその組織を追っていて行方不明になっていた女性検事、中野小百合とわかった。
組織に二重スパイとして送り込まれた中野小百合は控えの女と言われ、組織の幹部にまで昇りつめ、逆に捜査本部から追われる立場となった。

豊富な資金を使って国外逃亡を図ったその日に、くしくも美香を探す難波と空港で鉢合わせた。
中野小百合にメラメラと復讐の炎が燃え盛った。誰にも見向きもされない使い捨ての女、その焼印が傷んだ
何処へ逃げても国際刑事警察機構を通じて手配されれば一生日の目を見ない暮らしが待っている。

それならいっそ、自分の一生を無茶苦茶にした廃村を焼き払ってやろうと村に引き返し深夜に火を放った。
その業火の中で、もう一度あの小屋を見たくなり立ち寄って中津の死体を見つけた。遺体は拷問の後が生々しく残った状態で吊るされていた。死ぬ間際まで拷問を繰り返されたことは明らかだった。たった一言、小百合が口を滑らせた。それがきっかけだった。
罪深き己の業を知った。付け火は既に周囲を取り囲んで逃げ場をなくしてしまっている。業火に焼かれるほか道はないと悟ったに相違なかったのだろうと露木は思った。

明けて翌春、露木は事件のあった村を訪れた。裏の身分は検事のまま、表向きは派遣の事務方に職替えされた。つまり倉庫番だった。給料は往時の半分にも満たないが、それで十分だと思った。今の自分に一番似合っていると露木は思った。気楽な身分だ。
廃村の村は若草が萌え、一面緑の大地になっていた。
その大地の至る所に墓石が当時のままの姿で残っていた。

村人は村を去る時、決まって夜逃げしたものとわかった。廃墓にもせず供養すら行うことなく放置している。
事件は起こるべくして起こったのかと、美しい大地を見ながら深いため息をついた。

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