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知佳の美貌録「明日を夢見て　地獄の始まり」

飯場生活は、それでも穏やかに過ごせた方だった。だが、久美が７歳になった春、突然地獄が待ち受けていた。そう、久美も法律に従って小学校に通わなければならない齢になったからである。久美たち姉弟は(ここがこの夫婦の理解できない点であるが)、基本的にはたったふたりで大阪に移り住んだ。いや、邪魔者扱いにされ、半ば強引に移り住まわされたといっていい。そこがなんという街か、おおよそどのあたりかも覚えていないというが、家の前には確か地面に溝が掘ってあり、どぶ板が渡してあって饐えた臭いがあたりに充満していたというから、おおよそ写真のような場所ではなかったかと思われる。久美はいまだ小学１年生になったばかりで、弟とは２歳違い。よく覚えていないが・・・、というのは当然のことであるが　詳しく生活状況を聞いてみると以下の通りのようである。　まず、ふたり住まいというのは両親は稼ぎ場所を飯場に置かざるを得なかったこと。その証拠に、時々父親だけが帰ってきてお金を置くと出て行ったというくだりがある。後にも述べるが、時に(当初はと言っておこう)１ヶ月毎だったものが、２か月になり、３ヶ月になっても来てくれなかったこともあるという。　詳しくは後に述べる　　あくまで想像の範疇を超えないが・・・恐らく、最初に大阪に逃れてきたときの、あの知り合いの家近くなら安全だとでも思っていたのかもしれないから、今でいう「あいりん地区風」ではなく八尾あたりかとも。そうしておけば、時折友達夫婦のどちらかが様子を観てくれるとでも思ったのだろうが、実際には一度も来てくれたことは無かったというから薄情なものである。　ともかくこうやって小学１年生の姉と２歳年下の弟との　ふたりきりの生活が始まるのである。小さな流し(水が蛇口から出て甕に流れ込むだけの粗末なもの)と４畳半ひと間（押入れなど無し)しかない　しもた屋の土間に据え置かれた流しと竈(くど)を使って久美は弟のために米を研ぎ薪でご飯を炊き、弟に食べさせていたというわけである。トイレは外に共同のものがあるが、風呂はなかったという。父親が持ってくるお金、それは約束ごとのないお金。次に来るという保証はどこにもなかった。お金をもらった日には弟のためにコロッケを２つ買ってオカズにした、それが最高のごちそうで、これまで食べたことのないほど美味しかった記憶があるというが、そのあとは糊の佃煮になり、かつお節に醤油をかけたものになりと、次第に質素の極致になり、終いには塩・醤油をご飯にかけて食べ繋いだという。それでも食べられるだけ幸せだったとも。お金が３月も入らなくなると、いよいよ食べ物にこと欠き、学校給食の残りをこっそり持ち帰り、弟に与えたともいう。　　続く