【シェアハウスのように】 冴を助けるため新藤家に集う男たち
深夜に押しかけてきた男たちは、出勤時間になると覗きのことなどなかったかのように慌ただしく四集に注意を払いながら家を抜け出す。
それはまるで窃盗に入ってうっかり寝込んでしまい、恐怖に怯えながらクモの子を散らすように逃げ惑うさまに似ていた。
「あと何分だ!?時間通り着けるか?」 小声で怒鳴るものもいる。
寝盗るだの覗き見だのと悠長なことを言っている場合ではない、遅刻でもしようものなら、この会社ではただでさえ少ない給料の中の大切な皆勤手当てが吹っ飛んでしまう。
「飛ばせ!! 但し切符は切られるなよ」
新藤家の前の通りの最初の角を曲がると車は急加速した。
「途中コンビニに立ち寄る時間あるか?」
リーダー格の男が後ろの席から運転する男に声をかける。
「こんな時、飯ですか?」
「当たり前だ。腹が減っては・・・」
ハイハイそうでしたそうでしたと言いながら車線を変えたその時だった。
タイヤに軋む音と独特の爆音を響かせながらシャコタンが幅寄せしながら追い抜き、信号無視して突っ切っていく。
「オイ、今のシャコタン」
「はい、啓介の奴です」
馬鹿野郎! お前らがキチンと絞めとかんからこうなるんや。 わかったか!!
怒鳴り声を残してコンビニに入った。
「ちぇっ、言い訳誰がすんねん・・・まったくよ~」
怒鳴られた男は仕方なく携帯を取り出し、どこかに電話をかけてた。
行き場を失ったものが寄り集まったような会社である以上、贅沢は言えない。
故にどんな無茶な命令であっても遂行は必須と各々心に誓っていた。
ドブを攫ってでも埋もれている金貨を見つけてくる。 それが信条、だから結束は固かった。
課長が連れていた連中は一足先に新藤家を抜け出したが、
会社に入ったばかりで内情を良く知らない啓介は時間が許す限り妻が嬲られる様子を見届けようとした。
男の意地だった。
啓介が今の会社を選んだのも、またまじめなふりをして出勤し続けているのも、この会社の上司なら自分の手足として扱えると踏んだからだが、
そんな下目線の、へらへらと誰にでも謝る課長に昨夜は男として完全にはしてやられ、悔しくてたまらなかった。
親友の女を騙し、転職先の上司をことごとく脅し息まいてきた人生、
これまで付き合った連中全てを牛耳れたと思っていたのに、妻と結託し部下と一緒になって辱めてくれ、何が許されないと言ってこれ以上の屈辱はないと感じていた。
「いい気になんなよ。 勝手に上がり込んで散々飲み食いしといて 冴に手ぇ伸ばす!? ちっきしょう見てやがれ!!」
そこらじゅうの物を手当たり次第に床に叩き付け、家を後にしていた。
熱の冷めやらぬ課長と冴は別として、閉じ込められていた子供たちはいつものことが始まったと怯えきっていた。
課長の長瀬が冴を解放したのはそれから1時間も過ぎた、
精も根も残らず美しい人妻に吸い尽くされた後だった。
あたりはシンと静まり返っている。
一睡もさせず一晩中人妻の冴を苛まし、
機会を狙ったにもかかわらず願い虚しく我が物に出来ず、悪戯に愛おしい女の体力だけを消耗させたことへの後悔だけが残った。
焦がれる女の前では、いかに厳つい男といっても虚しいものである。
今己の失態を詰ったばかりというのにもう、今度こそはしか考えられないでいた。
その失態を邪魔がいないこの時間帯を使って取り戻そうと冴を下し諭すつもりだったが、
ベッドにあおむけにされた冴は、流石に疲れたのだろう小さな声で何やらつぶやき、程なくして寝息を立て始めていた。
バツの悪いことに、隣室で微かな物音がし、やがて母を呼ぶ声がした。
「ねえママ、まだ起きちゃダメ?」 遠慮がちに上の子が聞いてくる。
幼い子供たちが起き出して部屋から出てもいいかと寝盗るつもりでいた女に問うていた。
母親の冴が声をかけない限り起き出すのも、ましてや部屋から出るのさえも禁じられていると思えた。
新藤家の内情を垣間見るような子供たちのこの声を聴いて浮き立っていた長瀬の情欲は冷や水を浴びせかけられたように萎み、冷静さを取り戻した。
だが突如聞こえた声を、長瀬は不思議と思った。
いくら寝たふりしていたとはいえ寝室から、一晩中母の 男に苛まされる苦しげな声が聞こえていた筈であった。
それなに声ひとつ立てず寝たふりを装う。
長瀬たちが訪問したあの時刻、確かに子供たちの姿は見えなかったことを不思議に思ったが、
ことがことだけに親戚にでも預けたのだろうと軽く考えていた。
起きちゃ駄目かと問いかけるということは、それまでに子供が起き出してはならない理由があって部屋に閉じ込めたのだろうとしか考えられなかった。
それが冴が子供たちを得体のしれない危険なものから守り得る唯一の方法だろうと、そう長瀬は考えることにした。
「そうか・・・心を閉ざしていた理由は これだったのか・・・」
昨夜の冴との絡みは、普通なら求めあうもの同士 ごく自然に快楽の地に到達できる。
金儲けの為なら妻がどうなっても構わないと、あの渓流で確かに啓介は言ってくれ。 冴もそのつもりで長瀬を誘ったのだろう。
貧困に喘いでいただけではない、冴にとって長瀬とベッドを共にするのは個人的にむしろ望んでいるようにも見えた。
いよいよというときになって出来なかったのは冴の身に起こった何かだと長瀬は診ていた。
「豊満な乳房に見えたが、肋骨は透けるほど痩せていた」
美しく保つダイエットのせいと暗闇の中では思ったが間違いじゃったかもしれん。
食い物もろくに喰わせてもらってないんかもしれんな・・・、
可哀想なことをした、こんなに一生懸命頑張る女を、
「帰りに何かを買うてきてやろう、子供たちも成長期に合わせ喰わせんとな」
長瀬は音をたてぬよう衣服を小脇に抱え隣室に逃げ込み着替え、冴を寝かしつけたまま何事もなかったかのように社に向かった。
遅れてしまったことを部長らがいる前で「寝坊を」と平社員にまでも謝って回ったが、
ひとりの女性事務員が机に向かい仕事をしていたが、課長が近づくと怯えたように見上げ視線を送ってきた。
「どうしました?何かありましたか」
震えながら指さす先に居る筈の男ふたりの姿が見当たらない。
男のひとりは指さす女と付き合っている男の先輩格に当たり、胸ぐらをつかんできた啓介を追って出ていったという。
啓介の机は荷物がすっかり片付けられ勝手退職に見えた。
「しまった!遅かったか」
昨夜のアノ様子では入社した時送ってきた啓介の突き刺すような視線、遺恨について呼び出したとすればただではすまさんだろう、
腋の下に冷や汗が流れた。
連れ出されたのは啓介と比べものにならないほどの屈強な男たち、しかもふたり、
多少乱闘になっても生命の危険は考えられなかったが、
長瀬はこれまでやってきたことが露見するのを、まず恐れた。
これまで幾多の女性を騙し、動画を撮影し転売したが、
その転売先に迷惑が及ぶ。
それに加え、啓介の過去だった。
履歴書にざっと目を通してみた長瀬は、
この街で起こったある事件とピッタリ合わせるように、啓介の食歴が空白になっていたことに疑いの念を抱いていた。
長瀬たちのようにお屋敷住まい、しかも暇を持て余す奥様のお相手をするのではなく、
その事件はどちらかと言えば冴のように生活苦にあえぐ女を騙し、連れ去る。
それが啓介であってほしくなくて調べようとしていた矢先の事件だった。
それであの日、打ち合わせ通りにのこのこ出かけてきたお屋敷住まいの人妻を甚振り啓介の前で晒して魅せてやって、
如何にも仲間という風にし、気が許せると思わせると案の定、自分の方から進んで自慢話をしてきた。
見るからに口が軽い啓介は利発げにあの事件と類似した内容を、確かにしゃべったのである。
周囲を上司や事務員に囲まれてることも忘れ、長瀬は額に皺を寄せ苦渋の色を浮かべた。
就社して以来初めての重役出勤・顔つきの変わりように事務員たちは驚きの顔を隠せないでいた。
あれほど血色の良かった課長が今朝は寝坊で遅れてきたうえに目の下に黒々と隈を作って苦し気にしている。
「大丈夫ですか? 課長」
タイムカードの空打ちを頼まれた事務員は、どうしたらいいのか分からなくなって恐る恐る聴くが、
「いや、なんでもない」
そのあと何を聴いても長瀬は無言を貫き会社を後にしてしまった。
あの事件で県境の峠を越えてやってきた走り屋の集団が、
集会の後何故か、別方向の海岸方面に流し四散していた。
その集団の最後尾を守るようにしながら、
啓介が乗ってきた車そっくりのシャコタンが爆音を残し走り去ったという。
走り屋なれば箱乗りが普通のはずが、
その日に限って窓を固く閉じ、
蛇行せずに走り去ったという。
時を同じくして街から妙齢のデリが相当数消えていた。
事件は暴走族の来襲を通報された県警が初の交通機動隊を組織、
族の立ち去るのを市郊外で見送ったとなっていた。
「ふん、あそこか」
長瀬は市内を流れる河の河川敷の中でも特に葦が生い茂った一角に向かった。
3メートル近い背丈まで伸びた葦でトンネルのようになった車がやっと入れるほどの泥濘の道が瀬まで続いている。
長瀬の考えではあの事件のあった日、
族たちは別動隊を先に行かせ、車に女を詰め込んで子の河川敷に潜ませておいた筈であった。
そうしておいて、ほとぼりが冷めると迎えに来ていたゴムボートに乗せ沖合で待つ外国船に乗せた拉致したと思えた。
河川敷の奥で怪我を負わされ蹲って待つ部下を助け出さねばならなかった。
「ええいっ、ままよ」
長瀬は愛車を強引に河川敷に向かって突進させた。
大きな水たまりに足を取られ、車体が地面を激しくこすり、時に泥濘に足を取られ立ち往生した。
壊れるのを覚悟のうえでアクセル全開 飛ばすしかなかった。
体重100キロを超えるふたりを乗せたら、恐らく帰りには完全にスクラップだろうことを覚悟した。
河川敷は血に染まっていた。
リーダー格の男は脇腹を鋭利な刃物で刺され、血だまりの中で意識を失っていて、
もう一方の男は頭頂部を鈍器のようなもので殴られたのだろう、
頭から血を流しながら、うつ伏せで唸っていた。
ふたりともなにしろ重い。
帰りの道は頭を打った男にハンドルを任せ、助手席に脇腹を刺された男を乗せ、
長瀬は足を取られた場合の押し役として歩いた。
トランクに積んであった毛布も、長瀬の上着も泥濘から脱出するときの滑り止めに使ってボロ雑巾のようになった。
昨夜は一睡もしていない。
散々車を押し、へとへとになって河川敷を脱し後部座席に身を沈めた。
「おいっ、例の女のところへ向かえ」
「へっ!? 女って言いますと?」
「あいつだよ、堕ろしてくれた」
深窓の妻たちはよくお忍びでキワドイ男遊びをやった。
部屋を貸し切ってのご乱交である。
女もだが、男も素性は一切名乗らないし、女は性活の中 避妊などとは縁遠く、頓着しないから本気で絡む。
まだ二の足を踏む奥様だけが長瀬たちのお相手となって始まりだけ各々の男たちとナマでまぐわい、
良さを覚え、やがてお忍びを始めるようになる。
長瀬たちはだから、種牡馬のための当て馬 それでもまぐわえないよりマシだった。
孕むと必ず長瀬にお呼びがかかり、長瀬は女のところに運んで処置をさせた。
闇医者を使って極秘に掻き出すのである。 実績がモノをいう世界だが、この女は淡々と極秘でしかも安全にそれをやってくれた。
「えっ、だって課長、兄貴は男ですぜ」
「馬鹿野郎、女だって堕ろすときにゃあ死ぬほど辛えんだ」
あいつは保健婦で助産婦の資格も持ってる、心配するな! 気合を込めて怒鳴りつけた。
長瀬は知り合いの看護師宅にひとまずふたりを担ぎこんで治療にあたらせた。
腹部を刺された男は幸いなことに肥厚な脂肪に阻まれ刃が届かなかったこともあって一命をとりとめ、
頭部強打の男は近所の脳外科に崖から転落と言って診察を受け、軽い脳震盪と診断され、その日のうちに帰ってきてくれ長瀬を安堵させた。
長瀬はリーダー格の男を新藤家に深夜連れ込み冴に看護を頼もうとした。
闇療法を行うこの看護師のことは警察の裏では知らない者はいない。
事件に発展させないのは相手が悪いからだった。
メディアが取り上げた啓介が起こしたと思われる事件、
それと同じようにどこから足がついてリークされるかわからない。
そうなると真っ先に疑われるのが手当てをしてくれた看護師宅だった。
「今動かしちゃ死ぬよ」
「あんたにゃ迷惑かけられねぇよ。 目星はある。 世話になったな」
シーツを担架代わりにし長瀬の車のトランクに押し込んで車を仲間が待つ落ち合わせ場所に走らせた。
「急がにゃなるまい。 サツの手が回る」
さすが同じ釜の飯を食った仲間たち、心得て事件現場とも新藤家とも方向違いの場所で待っていてくれた。
「冴ちゃんのところに担ぎ込もうと思う」
長瀬の言葉に集まった仲間は一様にたじろいだ。
「あそこに担ぎ込んだら、今度こそ殺されるぞ」
啓介は時期を見て必ず帰ってくる、
「その時冴ちゃんはどうなる? エッ、どうなる?」 一番年端のいかない男が喚き立てたが、
コイツを守ると見せかけ、冴ちゃんを守るんだ。 長瀬の一喝だった。
強い言葉だった。
脅された相手の妻を逆恨み、が、冴に向かってだけはそれは出来なかった。
言われてみればそれが一番いい大手を振って守れるんだと誰もが賛成した。
「ごめんください、昨夜お邪魔したものですが」
「はい、今開けます」 ガチャガチャという音がして鍵が開いた。
最初の訪問日には鍵は掛かっていなかったから、今回の件で余程の恐怖に苛まされていたのだろう。
男たちの顔を見て冴に安堵の色が浮かんだ。
「この男をお願いできないか。 訳あって病院に担ぎ込めん。 冴ちゃんの必要経費は全て俺たちが賄う」
シーツの中の男は血に染まっていた。
事故は業務中に起きたということにするが、労災申請は出来ないんだ。
「弱小企業でね、労災になれば困るんだよ」
あくまでも私生活での事故ということにしたかった。
「冴ちゃん、悪いが君と俺たち3人で出かけていて・・・」
「わかってる。 崖から足を踏み外して・・・でしょ」
手伝ってくれとは言わなかった。 ただ淡々と患者のために床を延べた。
「冴ちゃん・・・」 男たちが涙を流す。
新藤家の男たちを運び込んだ理由がもうひとつあった。
冴を啓介の仲間から守るためだった。
「今夜から別の男たちふたりが泊まり込む。
なにしろ野獣の介護だからな、万が一ってこともある。すまんが飯の支度も頼む」
「あっ儂らの飯もか!?」
頭を打った男が素っ頓狂な声を上げ、冴と子供たちは笑っていた。
「こんな大食漢が揃ったんじゃ、冷蔵庫のものじゃ全然足りないわ」
男たちは置き出してきた子供ふたりを相手にはしゃいでいる 「買い出しなら儂が」
長瀬の大きな懐に抱かれるようにしながら冴えは足取り軽く出かけて行った。