行先を確認するまでは、むやみに交差点を曲がる訳にも行かなかったので、四条烏丸の交差点は取り合えず直進し、四条堀川へと向かいました。
道路は相変らずの混雑でのろのろ運転は依然変わりません。
「お客さん、どこに行くのか言ってくれないと困るんですけどねえ」
なかなか行先を告げてくれないお客さんに困り果てた私は、少々つっけんどんな言葉遣いになってしまいました。
「そやねぇ……あぁ、そや、どっか景色のええとこ走ってくれはりますぅ?」
「景色のいいところと言ってもいっぱいあるからねえ・・・具体的にどこか場所を行ってくれませんかねえ」
「うち、あんまりよう知らへんから、運転手はんにお任せしますわぁ」
「う~ん、それじゃ、
嵐山はどうですか?」
「せやなぁ……ほな
嵐山へ行っておくれやす」
私は思いつくがままに、よく知っている京都の景勝地の名前を出すと、女性は案外簡単に了解をしてくれました。
やっと目的地が決まったクルマは西へ向かいました。
(それにしてもこの和服の女性、いったいどうしたと言うのだろうか?何か訳ありのようだが……。)
タクシーに乗車する客はふつう目的地が決まっているものです。
それなのに「どこでも良いから走ってくれ」と言うのは、きっと深い訳があるに違いないと私は考えました。
嵐山に向かう途中、和服の女性はずっと黙ったままでした。
いつもならお客さんとの雰囲気を和らげるために、こちらから世間話をすることも多いのですが、この時はとてもしゃべりにくい感じがしたので私自身も沈黙していました。
嵐山に近づいた頃、和服の女性はぽつりと話しかけてきました。
「運転手はんはなんちゅうお名前どすか?」
「え?私の名前ですか?辻峰 裕太です」
「そうどすか。うちは
中小路 惠(なかのこうじ めぐみ)と申しますぅ」
お客さんとお互いに名前を教え合ったのは初めてのことでした。
ふつうは聞かれもしないし、教えてもらえることなんてないですからね。
名前を尋ねられ、相手も自ら名乗ってくれたことで、少し親近感が湧いた私は語りかけてみたくなりました。
「お客さんのお住いは京都ですか?」
「そうどすぇ。タクシーに乗ったあの近所どす」
「へえ~、四条河原町にお家があるとはすごいなあ。便利なところにお住いなんですね」
「そうどすなぁ、確かに便利なことは便利どすなぁ」
「あの辺でご商売でも?」
「親が
和菓子屋をやってるんどすぅ」
「ほう~、あの辺で
和菓子屋と言うことはかなりの老舗では?」
「そんなことあらしまへんけど」
四条河原町で老舗の
和菓子屋の
娘……
しかも高価な和服を身にした
麗人……
私とは掛け離れた世界に住む美女に、ふつふつと興味が湧き始めていたことは隠しようもない事実でした。
「ところで、こんなこと聞いていいのかどうか分からないですが」
「どないなことどすかぁ?」
「もしかして何か悩んでおられるんじゃないですか……?」
私が何気に尋ねてみると、和服の女性は急に
憂いを含んだ表情に変わりました。
差し出がましいことをしてしまったと後悔し、すぐに丁重に詫びました。
「かまへん。そんな謝らんでも。せやけど、やっぱり顔に出るもんなんやなぁ……」
「……」
「実は……」
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