私は惠を抱きしめながら達成感だけではなく至高の歓びに包まれていました。
あまりの心地よさから眠気が私を襲いました。
人は性的に満たされると精神的に安定し、ストレスからも解放され、深い睡眠に落ちていくと言われています。
ところが直ぐに惠が唇を重ねてきたため、私は突然やってきた睡魔から元の世界へと引き戻されました。
私は何気に壁の掛け時計にふと目が行きました。
暗くてはっきりとは確認できたわけではありませんが、どうやら針は午後10時を差しているようでした。
ふたりともたっぷり汗をかいていたので、惠を誘って
風呂に入ろうと思いました。
「汗を流しに行こうか?」
「そうどすなぁ、汗ごっつぅかいたし、お
風呂入りまひょか?」
「あ、そうそう。大浴場に行かなくても、内
風呂があったんだ」
「へぇ?そうどしたか?いっこも気ぃつかへんかったわぁ。おほほほ……」
「実は僕も大浴場から帰ってきてから気がついたんだよ」
「ふたりとものんきどすなぁ。おほほほほ……」
「まったくだ。ははははは~」
その時、ふたりとも裸でしたが、内
風呂なので着衣など必要ありません。
それでも惠は身体にバスタオル巻きつけおもむろに
風呂場へと向かいました。
私は惠の美しいシルエットをうっとりと見つめていました。
風呂場の扉を開けた惠は思わず歓声をあげました。
「やぁ、すごいお
風呂どすわぁ~」
「どれどれ?」
覗いてみると、
風呂場は純和風で
ヒノキ風呂です。
ヒノキの
芳香が漂い、まるで
森林をさまよっているようです。
浴槽の湯を張り始めてからまだそんなに時間が経っていないので、湯は半分程度しか張れていません。
「まだちょっと早過ぎるよ」
「湯は直ぐに溜るよってに、裕太はん、はよ入りまひょぅ」
惠は結構せっかちな性質のようです。
少しはしゃぎながら巻いていたバスタオルを外し全裸になり、
風呂場へと入っていきました。
私も追いかけるように惠の後に続きました。
風呂場は10畳ぐらいあり、ふたりで入るには十分過ぎるほどの広さでした。
私はシャワーのコックをひねり、惠に湯をかけてやりました。
「ええ気持ちやわぁ」
「それに
ヒノキの香りもすごくいいねえ」
「ほんまや。胸がす~っとする清々しい匂いどすなぁ」
湯が溜るまでもう少し時間が掛かりそうです。
シャワーで汗を流した後、
ヒノキの椅子に惠を座らせスポンジで身体を洗ってやることにしました。
「裕太はん、あそこに……」
惠がふと壁面の説明書きに気づきました。
何やら
ヒノキ風呂の
効能が書いてあるようです。
『檜風呂にゆったりと体を沈めると、またたく間に檜の
芳香と暖かさが全身を包み、癒してくれます。1日の疲れも吹き飛び、明日からの活力源となることでしょう。』
「
ヒノキてごっつい効き目があるんどすなぁ」
「ヒノキって高いし最近はあまり設置しなくなったみたいだけど、身体にはすごくいいみたいだね」
「はよ、入りたいわぁ…」
「もう少しで溜るからね。でも何だね、こうしていると何か不思議な感じがするね」
「何が不思議なんどすか?」
「惠の背中をこうして流しているとね、今日初めて出会ったばかりとは思えなくて……。以前からずっと知っていたように思えてきてね……」
「ほんまどすなぁ。うちも同じようなこと考えてましたわぁ」
「もしかして、ふたりは以前から赤い糸で結ばれていたのかも知れないね」
「赤い糸どすかぁ。そうゆうたら、昔から赤い糸てよう聞きますなぁ。
運命的な出会いをする男と女は、
生まれた時からお互いの
小指と小指が目に見えない『赤い糸』で結ばれているとか。せやけどどないな話の由来がおすんやろか……」
「その昔、イクタマヨリヒメという未婚の娘が妊娠してしまい、両親が問い詰めると、見知らぬ男が毎晩、部屋に通って来たことを打ち明けたんだって。そこで両親はある一計を案じ、寝床の周囲に赤土をまいておき、男が忍んで来ると、その衣服のすそに糸を通した針を刺すようにと、娘に言い含めたんだ。翌朝、娘の部屋から出発した赤い糸を手繰ってみると、何と、遠く三輪山の神の社まで続いていて、その男は大物主(オオモノヌシ)大神だったんだって。この三輪山の伝説から、赤い糸の言い伝えが始まったらしい」
「へぇ~、ロマンチックな話やわぁ。裕太はん、詳しおすなぁ」
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