クルマは走り出したものの、惠からはまだ行先を聞いてなかったのです。
尋ねるまでもなく当然ながら京都へ帰宅するものと推測していました。
「そうどすなぁ。やっぱり帰らなあかへんわなぁ……」
バックミラーに写った惠の表情はとても曇っていました。
私はあえて明るく答えました。
「そりゃ、こうして美人を乗せてずっと走っていたいですけどね。ははははは~」
「ほなら、そないしまひょか?」
「じょ、冗談ですよ!そんな訳には行きません。昨夜泊まることも家に連絡してなかったのでしょう?早く家に戻らないと皆さん心配されていますよ」
「裕太はん?」
「はい?」
「タクシーに戻ったからゆうて、急に、一見のお客はんに使うような、よそよそしいしゃべり方、やめてくれはらしまへんか?」
「え?あぁ……確かに。このクルマに乗ると、つい無意識に仕事口調になってしまうもので。ははははは~、ごめん、ごめん」
「別に謝らんでもよろしおすけど。せやけど、急に他人行儀になったらなんや寂しおすがな……」
「……」
「昨夜あんだけお互い燃え上がったのに……」
(キキキキキ~~~~~!!)
「きゃっ!!」
「すみません!」
「一体どないしはりましたん?」
「突然昨夜の光景を思い出させるようなことを言うから、たまらず急ブレーキ踏んでしまったじゃないですか……ふぅ~」
「謝らなあかんのはうちの方やねぇ…すみまへん」
「いいえ」
その後、惠が「せっかく
宝塚に来たので、どこかへ寄って帰りたい」と言うので、かの有名な
手塚治虫記念館に寄ることになりました。
「
宝塚は手塚治虫氏が多感な幼年時代から青年時代まで過ごした町でもあり、どうしてあの巨匠が生まれたのか、もしかしたら何かヒントが見つかるかも知れない」と私が語りかけたところ、思った以上に惠は興味を示しました。
和服姿の麗人を連れて歩くとさすがに目立ち、駐車場から記念館へ向かう途中もすれ違う人々は惠に
熱い視線を向けました。
人々はふたりのことを『
良家の若奥様と
おかかえの運転手』と思ったのではないでしょうか。
でもその時は周囲からどのように見られようとも一向に気にしませんでした。
だって惠と並んで歩けるなんて、まさに
至福のひとときだったわけですから。
記念館を出た後、お茶をしようということになり、
宝塚ホテルに寄ることになりました。
大正時代創業という名門ホテルらしく重厚でボーイの行き届いた対応も心地よく、案内に従いロビーを抜け
1階の喫茶室へと向かいました。
「裕太はん、おおきに」
「何が?」
「せやかて、こんなわがままなうちと一晩付き合うてくれはったし……」
「……」
「裕太はんと出会えて、うちすごぅ良かった思てます……」
「僕こそ惠と出会えたことをすごく感謝してる」
「ほんまどすか?」
「もちろん」
「嬉しいこと言うてくれはりますなぁ」
「欲を言うと……」
「はぁ……?」
「君ともっともっと長い時間を過ごしたい……」
「うちも
おんなじ想いどすぅ……」
「……」
「……」
スムーズに流れていた会話がふと途切れてしまい、ふたりの間にわずかな沈黙が訪れました。
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