知佳の美貌録「詐欺 その姑息な手段」
営業事務の仕事に就いた久美は来る日も来る日も滞納者の処理に当たらされた。集金もその一つだった。
何度頭を下げに行っても払わないやつは絶対に払わない。
しつこく言えば逆ギレし取引先を変えると、必ず云い出し脅される。
業界とはこういったときは弱く、平身低頭謝って結局払ってもらえず時効になってしまって損益処理の伝票を切ってしまう。
そうしなければ最終的に責めを負った営業が会社を去ることになる。
それでなくとも売れなかったものは会社が買って営業実績とし、年度報奨金で埋め合わせ終始決算を合わす。
つまり、多くは実績の悪い営業職が自腹を切ることで丸く収まることになるので営業事務とてうかうかしてはいられないから無駄とわかっていても払う気もない客の元にあしげく通うことになる。
月末と、特に年度末になると ものすごい数の請求書を手書きで、日ごろのご愛好とお礼の添え文を付け切らされた。
請求書は簡単には切れない。それは時々振込とか直接とかで入金してくるもの、或いは営業が近くに寄った際集金してくるものもあり、その雑多な経理から正確な金額を計算し直し請求書を発行しなければこちらが詐欺会社になってしまう。
簡単そうに見え、ことのほか気を使ったし、サービス残業もこの時期だけは思いっきり増えた。
ところが、この善意を逆手にとった事件が起きた。
ある日、営業が顧客から売り上げを受け取って帰り久美に手渡してくれた。
高額であり、ずいぶん待たされた客だったので久美も素直に喜びその金を見て目の前で領収を切って営業に手渡した。
見てというのは、現金は封筒に入れてあったので細かい金額だけ確認し、帯封のかかった札束は数えずそのままの状態で経理に引き渡した。
営業からお金を受け取って数メートル離れた経理に納め、ものの1時間もしないうちに経理から呼び出された。
100万円の札束の金額が1万円足りなかったと言われた。
帯封がしてあったから久美はてっきり銀行から下ろしてきたお金をそのまま営業が手渡してくれたものとばかり思って領収を切る前に帯封の札を数えなかった。
顧客か営業のどちらかが故意に
帯封付きの札束から万札1枚だけ抜き取るという姑息な手段で久美に罪をなすりつけようとした。
経理ですら何処から見ても1枚抜き取った跡が見えない完ぺきな新札ばかりだったと言うほど知能犯で普通の神経じゃ気づかないと何度も抗議したが久美の申開きは通らなかった。
お金を渡されたらその場で数え、個人同士の仮領収を切って経理に手渡し、本領収と切り替えなければ同じことが起こると事件が起こってしまってから言われた。
月給が10万円に満たない少ない手取りの中から強制的に天引きという形で1万円弁償させられた。
営業職にとってたかだか1万円だが久美にとって途方もない金額。それをいとも簡単に安易にやってのけてしまう営業が憎かった。
元々顧客に甘く というよりうだつの上がらない営業のサポートをやらされていたこともあり、即刻その男のサポートは一切断った。
営業資料を携えて何度も本社へ営業職員の代わりに1日がかりで出向し平身低頭説明と言い訳をさせられ疲れ果てて帰ってきてやってるのに何様と思って・・・
本人に向かって上司の前で言い放った。
上司もその男のことはよくわきまえていて、しかも仲間の連中から相当けなされたらしく、間もなく会社から姿が消えた。
このことがあってから給料の少ない営業事務がお金を預かることは会社として禁止になった。
集金は全て売り上げた営業が回収するか上司が回収すること、集金したお金は仲間同士で領収を切らず専門職の経理が直々に切ることになった。
掛け売りという方式がこのことがあってから改めて考慮され数年後にこの会社からも消え、現金以外クレジットになったのは言うまでもない。
久美が本社出張と決まると必ず誰も彼も本社には怖いお局様がいて開口一番怒鳴られると聞かされていた。
ところが実際行って会ってみると聞いた事とはまるで逆で、歓待してくれた。
お局様曰く 支社の 特に営業職はウソばかり並べ立て誤魔化して帰ろうとするから怒るし、たとえ言って聞かせても頭が悪く理解できないからなお怒ることになり嫌われている。
その点久美は理解力もよく、説明も的を得ていると褒められた。
形的には高い代償を払わされたが、このことによって会社の金の扱い方が改められ、提案した久美も営業職から一目置かれる存在になっていった。