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残照 序章

6月に入ると河川はこれまでの閑散とした様相と様変わりし、鈴なりの釣り人で溢れ返り一気に活気を帯びる。

殊に6月1日は毎年恒例になったこの河川の鮎のゾロ掛けの解禁日(友釣りの解禁日はもう少し後になる)で、アユ釣り目的の太公望たちが夜も明けやらぬころから場所取りと称し川に入り、夕暮れまで釣り糸を垂れる、いや、垂れるというより川床を長尺の竿の先から垂らした糸の先につけた掛け針で引っ搔き回す。それがこの川の姿が風物詩となっていた。

ゾロバリは初心者でも簡単にできることから無許可の人間が釣りの高じるまたとない機会。
今年も解禁日が数日後に迫っていたその川べりを監視員の男は汗だくになって物陰に身を伏せるようにしながら見回りを続けていた。

「こう熱くちゃやっとられんわい。組合長も組合長じゃ、とっ捕まえたヤツらは警察に引き渡せばよいのもを!」
ブツブツ文句を垂れながらも双眼鏡の先の視線は川面に注がれていた。

その視線の先の河原、対岸から件の澱みに向かうには中州に生えた木々の間を道具を携え歩いてゆかねばならない。しかも今監視員がいる岸辺にも木や草が生い茂り、問題のポイントは遥か川上から河川沿いに見通すしか方法がない。確かにアユ釣りに向かおうとするのは不向きだが密漁にはこれ以上ない絶好のポイントだった。

このような場所で密漁をするものを捉えたとしても組合に連れ帰り、それ相応の罰金を科し、その年度 鑑札を付与しない旨を告げたら後は無罪釈放となるのが恒例になっていた。

「ふん! 温泉街の安宿なんぞ、奴らが卸す二束三文の鮎でしこたま儲けとるゆうに、罰金1万円じゃ割に合わんことぐらい・・・」
言いかけて監視員の動きが止まった。

狂信的な太公望にとってイの一番に良い場所を確保しアユを釣ることほど魅力に富んだものはないから勢い場所の奪い合いとなるが当然のごとく鑑札を持たない、俄か漁師ではないものなどはあぶれてしまうことからこれを僻み、解禁日を待たずして根こそぎ稚アユを捕まえてしまおうとする。

このようなならず者が毎年必ず現れるのが解禁日を翌週に控えたこの時期であり、狙われる場所として特にこの河川では遡上途中生気を養い更なる川上を目指すため稚鮎どもが集まるこの付近の澱みだった。

監視員は主にボランティアで構成され、この時期はこれらならず者の行為を未然に防ごうと夜っぴいて見回っていた。だからおっとり刀 忍者の如く隠れ潜んでまで見回りをしていた。ヤマメ釣りなどは既に解禁になって川に入ってるとはいえ鮎とは釣るスタイルやポイントが全く違う、ましてや夜釣りの対象魚ではないため暗くなって行動したりしない。見張る場所もそうで、解禁前のアユを狙う無法者を見逃すことは長年の勘からまずない。

「うん・・・ なんだあれは!? 俺らをおちょくっとんかい、バカにしやがって!」
男が舌打ちするのも無理はない。
河川敷に転がる流木では足りず、中洲の木立の中からあらん限りの枯れ枝を集めて火をつけたがごとく猛火が立ち昇っていた。

監視員が陽もとっぷりと暮れた河川敷で焚火を囲む親子らしき数人を例によって離れた場所から目撃したのは見回りを始めて二時間ばかり経過したころだった。鮎は漁火を太陽と間違えて寄ってくる。その習性を利用し投網にかけるもの漁法のひとつだが、焚火に照らし出された彼らの足元に釣り道具らしきものがあるわけでも、寒さ除けのウェットスーツの類があるわけでもなく、ただ焚火を囲んでいるだけであり監視対象外のキャンプファイヤーか何かだと、さして気にも留めず通り過ぎた。が、後々になって考えてみればそこにキャンプファイヤーなどを好む男らしき者の姿は認められなかったことが思い出され、 あくまでもこの男の監視員としての勘だが・・・ このような大火を河岸で燃やすスタイルで鮎を狩っていた例が無いでもなく「まさか違法な素潜りをしていたのでは?」と夜が明けるのを待ってその場に、動かぬ証拠でも見つかれば引き継ぎの申し送り事項にでもと思い帰りがけのつでに立ち寄った。

「儂が見回りする時間を知っとって暮を待って藪から抜け出し焚火したんじゃろうが、にしても世間知らずもいいとこじゃ」
ブツブツほざきながら藪の中から手ごろが折れ枝を見つけて来て埋火を突き始めた。

盗人の痕跡を見つけ出してやるんだと焚火の燃えカスをひたすらつつきまわした。この男が意気込むのには先にも述べた通り訳がある。暖をとるだけならこれほど大きな焚火はしないだろうというほど埋火や燃えカスは多量にあったからだ。こうなると不信感は否が応でも募る。なにがなんでもと燃えカスを埋火を突くうちに腐臭が立ち昇り始め、中から現れたのが紛れもない人間の頭部とわかり110番通報した。

駆けつけた県警によって現場検証が行われた。

遺体は体格・殊に頭蓋の大きさや形から親子らしい3体ではないかと思われたが相当炭化が進んでおり埋火を消し、御遺体を残らず引き出すのにまず時間がかかった。更に身元を確認するのに手間取った。なにしろ行方不明者の捜索願も出ていない現状において、ましてや事件などここ数年皆無に等しいこの田舎で、下手すれば殺人事件に発展しかねない焼死体。鑑識課もDNA検査は実施したものの対象を何処に絞ってよいものやら検討すらつかない。自殺か他殺か不明ではあるが万が一に備え結果を出さないわけにも捜査しないわけにもいかず、ただ困惑するばかりだった。

所轄はもちろん駐在所の職員も休日返上でこれが自殺なのか他殺なのか、本来ならそこらあたりから捜索を進めなくてはならないが、生きていた最後の目撃者の証言が夕暮れ時に河原で焚火をしていたというだけではなんの確証も得られるわけもない。しかも現状に争った跡などもなかったこと、周辺に置いてあった、一見焼死者が持ち込んだと思われる遺品が過去に見聞きした路上生活者などが身に着けている古着や廃品に類似していたことから県警は何らかの理由で行き場を失い自殺したものとして遺体を身元不明者として荼毘に付し、県警としての面目もあり早々に一件落着とした。

この上層部の決定にどうしても従う気持ちになれない人物がいた。
それがこの地区の駐在所の巡査で、焼き肉や川魚を焼く程度の焚火ならいざ知らず、人3人が丸焼けになるほどの大火を、消防署はおろか所轄に連絡もせず知らぬ存ぜぬで済ませ監視員を帰してしまったこと、自分への職務怠慢への厳重注意処分が下されたことからだった。

つまるところ「上の決定に従えぬ」とは憤懣やるかたない住民への怒る気持ちを抑え切れず暗に自分が悪いのではないと異議を唱えた。 のである。

先も述べた通りこれまで事件というようなものに彼自身出くわしたこともなく、残念ながら出世には遠く及ばなかったものの老駐在は秋が来れば無事定年を迎え退官でき、二階級特進で褒賞と金一封も授与され、家族一同お祝いの席で・・・というところまで来ていてこの事件である。皆が止めるのも聞かずいきり立った。

「俺のどこが悪いというんだ!!」 調べに出かけようとして身支度する巡査を引き留めにかかった妻を怒気で顔を土気色にし蹴とばした。
所轄内で決して事件などという問題を起こしてはならないと、巡視も諸先輩から教わった通り怠りなく続けてきてこのありさまとなったからだ。

所轄の住民に対し、何事も穏便に取り計らったツケがこの時になって失態を招いたと悔いた。が後の祭りだった。

河川の漁連(主に鮎の稚魚を育て川に放流し収入を得ている団体)から連絡を受けるまで親子であろうがなんであろうがこの時期、許可している場所ではなく河川敷でキャンプファイヤー級の焚火などという状況は、勤め上げた今日まで目にもしていなければ思ったこともない純朴と言えば純朴そのものの巡査。
この事件のどこから手を付けて良いやら空想を巡らそうにも、土台見たことがないから知恵が働かない。
そうなると強がりを言った手前 いつものように・・・いやテレビなどでよく観る足で稼ぐしかなかった。

「警察庁表彰を受け、バカにしたやつらを見返してやる!」
我こそは隠れた名探偵と言わんばかりに自転車をこぎ走り回った。

ズブの素人が川遊びするには山間部のこのあたりの水は冷たすぎる。
自分でスッパのまま川に入り捜査した後、河原で焚火とも思ったが現場に立ち入り試しにズボンの裾をまくって川に足を入れ、余りの冷たさに飛びあがった。寒さに気を失い流され・・・などと考え立場もあり怖じ気た。

巡査とはそつなく調書を取ることに意義がある。昔諸先輩から口を酸っぱくして言われた言葉が身に染みた。
年老いて身体が動かなくなると派出所にしがみつき、気の利いた巡回などほぼやらなかったのが裏目に出た。
もしもこの状況を先に見つけていたならば必ず現場に立ち寄って何らかの話をするなりし、それとなく状況確認もできたはずだとそれが悔しかった。

それ以上にアユ釣りなどと浮かれている輩が憎かった。
憎かったが調書を取るためには彼らの仲間から情報を得るしかない。
「ご面倒をおかけしますが・・・」オズオズといつもの調子で河原で釣りを楽しむ男たちに話を聞いて回った。

監視員はともかく、アユ釣りなどというものは例年同じメンバーが顔をそろえる。
もしも見かけない顔が混在していたなら必ず注意を怠らなかっただろう。
ましてやそれが女子供であればなおさらのことだった。

何らかの事情で灯油をかぶり火をつけたという事件はよく耳にするが、どの事件でも熱さのあまり暴れ回った挙句絶命している。
河川敷で母子と思われる3人が焚いたたき火の中で身動き一つせず焼死するには余程の訳があるに違いないと、まず思った。
だが、それが他殺ならろくに見回りもしなかったこの田舎、都合の良い証拠隠滅となりうる。

「願わくば観音様よ、どうか我に武運長久を」何でも良いから祈った。

この日以来巡査は鬼になった。
「どんなことをしてでも犯人を突き止めてやる」
勤務時間も含め、寝る暇も惜しんで聞き込みに当たった。

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街外れに河が流れていてその河口が小さな湾を形成し漁港になっており、休みとなると湾の入り口の堤防は太公望たちの格好の釣り場になっていた。

その日の午後遅くから北里新三郎は7歳になる長男の健太と5歳になる長女の奈緒、それに妻の沙織を連れて湾に群がる鯵を釣りに来ていた。

自慢げに子供たちの相手をしながら鯵釣りに講じる新三郎だったが、出かけるのが早朝でなく午後になったのも、撒き餌をすれば誰にでも釣ることができる湾内の鯵が対象だったのも、それもこれも沙織の提案で、その沙織も知り合いに相談して教えてもらってここに来ていた。

父親が自慢げに子供たちに釣り談義をしているが、元はと言えばまた聞きのまた聞き、存外本人は湾内で鯵が釣れることなど知らなかったのである。

北里家では
夫の新三郎は開発部に勤務、幼年からエリートコースを歩いてきた反面、幼友達と遊んだ記憶や世間との付き合い、家庭内のことなどさっぱりで、沙織が黙っておればおそらく何年たっても子供たちと交流を持とうとせず老いていってしまうと思われ、それを案じ、また、多少でも子供たちの手が自分から離れてくれたらと思ってこの計画を持ちかけていた。

声をかけないで放置したらいつまでたっても食事もせず寝ることもなく研究、つまり仕事に没頭してしまうと妻の沙織からも同居の両親や子供たちからも愚痴られる通りの仕事の虫で、ひっきりなしに本を読みパソコンと睨めっこするためか眼鏡なしでは一歩も歩けないほどの強度近眼、悪く言えば引きこもりだった。

湾内に鯵が遊泳し始める冬季の昼間は短い、頑張って撒き餌を始め鯵が釣れ始めた頃にはすっかり陽は西に傾いていて新三郎にとって子供たちが釣り上げた小魚を針から外し釣り糸を調整するのが次第に困難になり始めたころ、妹の奈緒の釣り針がひょんなことから隣で釣りをしている人の服に引っかかり騒ぎ始めた。

その、夕景に染まった奈緒のシルエットを見ていた新三郎に不思議な感覚が一瞬よぎった。

屈託のない奈緒の、母親そっくりのきれいな整った笑い顔しか見た記憶がない強度近眼の新三郎、が まさに今そこにいたのは自分の意にそわない人を釣ってしまった竿先の感覚に顔を歪め、普段役立たずの父親を急かす、だが見も知らぬ顔の他人の子供と映った。

動物のこう言った感覚というのは一種鋭いものがある。

目が見えないからこそ、普段から何かと感覚を研ぎ澄ますしかなかった新三郎は、常日頃妻と子は妄想の中に存在する。さがその時の現実を垣間見せた奈緒が妄想とあまりにもかけ離れており一瞬だが我がの子かと疑念がわいた。

それでは共に暮らしてきたこれまでに一度たりとも疑ってかかったことはなかったかというとそうでもない。

新三郎も沙織もどちらかというと顔立ちは整ってはいるが小柄で華奢、ところが奈緒は保育園の中では大柄な方で頬骨など祖父母に似てはいるものの新三郎とは全く違っていた。

元来研修肌の新三郎は疑問がわくと正しい答えを導き出さずにはおれない性格だった。

奈緒の出生について沙織と知り合い、躰の関係を持ちを宿したであろう行為の瞬間まで新三郎は遡って想い出し、文字に刻み自分なりに調べつくした。

そうして得た結論が沙織の胎から出て来て自分に預けられたものなら、たとえそれが他人のであっても自分の子供であることにするというもの。 だったはずであった。

だが、今回ばかりはその硬い決心も躊躇するものがあった。 それが己の出生の秘密で、興味本位で密かに調べた結果によると新三郎は今起居をともにしている両親との血の繋がりはおそらく無いようなのだ。

記憶にもない遠い昔、産んでくれた両親が、何らかの都合によりどこかに捨てられ、それを子供のなかった現在の両親が養子に迎え入れてくれて今がある。ように受け止められる証拠が出てきた。

このことを知ったのも今回と同様偶然だった、職場で残業をしていてフッと脇に目をやったときデスク脇に身だしなみ用に置いていた手鏡に映った自身の顔に両親と違うなんとも言い表せない疑念を抱き、DNAの自己判定キットを購入し調べ、実の両親ではない結果を見て改めて探偵を雇って調べさせ確証に近いものを得ていた。

それでも今の現在まで内緒にしているのは、いかに身分や収入があろうと ~微かな記憶の片隅にある施設での生活のこと~ 世間にただ一人放り出されるのがひたすら怖かったからである。

人もうらやむ美人の妻の沙織だって、元はと言えば見合い同然の結婚で彼女の確たる出生の秘密など知らない。 彼女を紹介してくれたのが職場の上司であればこそかつては業界に隠然たる勢力を誇っていた上司であるだけにそこに両親や自身の出生にまつわる団体の力が働いていないとは言い切れなかったが、まかり間違ってもしも迂闊な発言で関係が壊れることがあればと、それも怖かった。

それやこれやが今になって再び思い起こされ新三郎を苦しめた。
「それはそうだろうな。あんなきれいな女に言い寄らない男などいるわけがない。独身時代はさぞかし・・・」

そう思って通勤や休みに近所の親子を見る時、あの父親の手を取って嬉しそうにしている子供が実はが違っていて、ただ単に男がをつけ托卵させられた妻が産んだ子を我が子と信じ育てているだけなのではと思うとき 野生の本能が騒ぎいても立ってもいられない気持に苛まされる。いっそのこと妻を・・・そんな情に流される気持ちになれない新三郎は再び妻がネトラレはすまいか、今でも他人棒にしがみついてはいまいかと邪心が湧き眠れない夜が次第に増えて行った。

「まあ三郎さんったら、ちゃんと食べてるんでしょうね」
重い躰を無理やり引き起こし食卓に着いたが母が心配してくれる通り、出された食事に手を付ける気持ちにすらなれなかった。
「どこか調子が悪いんだったら会社に連絡してあげますから、今日はこのまま横になったらいかが?」

「大丈夫です。仕事が始まってしまえば気にならなくなりますから」
いつもそうだった。
職場で休み、家に帰って働いたような気になる新三郎。

恵まれた家の養子に迎え入れてくれたことはありがたかったが、はれ物にでも触るような扱いを四六時中受け絵に描いたような道だけ歩まされ続けた新三郎は期待に添うよう努力した。神童と呼ばれるほどの記憶力はすべてこの努力のたまものだった。

その記憶力の元となったのは 学ぶ上で、どんな些細なことでも聞き漏らすまいとメモを取るようになり、それが高じてそのメモを夜になると正式な日記にしたためるようになって、つまり寝ていても記憶が欠けるような恐怖に駆られ無理強いして覚えていったからだったが・・・

年齢を重ねるごとに、位が上がるごとに覚えなければならない会話や出来事は増えた。

普通にメモを取っていては間に合わないからと、自我流で速記も考案しこれに備え 見たものや聴いたものすべてを対象に深夜日記を書くことで記憶を新たにし、また研究開発の足しにこの速記を利用することもあった。

隠れ忍んで書き溜めたこれらの日記風メモ。

誰にも怪しまれず妻の不貞を見つけ出す手段はこのメモを調べるしかなかった。

日記を調べればよいのだが、調べられては困る内容が書かれていた場合 恐らくその日記は妻によって処分されていると見た方が賢明だと思って書庫に行ってみたら、官庁上がりの父が常日頃口癖のように言っていた「書類の保存期間は5年」を過ぎたこともありその年代は既にごっそり消え失せていた。

目の中に入れても痛くないほど大切に育てた新三郎に書物を父や母が処分するはずがない。とすれば処分したのは沙織に違いなかったが問い詰める勇気がなかった。

残すところは会社の自分用に研究室に保存しておいた速記しかなかった。年代ごとに異なる文字表現で書かれている速記の中から妻沙織の月経周期とにまつわる交渉を持った日付を探し出すのに数ヶ月要したがなんとか探し出すことができた。

沙織の月経周期はおよそ28日サイクルで回っている。問題の月は始まったのが5日で終わったのが8日だとすると受胎可能日は12日から20日までである。

この間に交渉を持ったのは14日と18日だけであったから奈緒の生年月日とほぼ一致していて、この点だけは自分の胤だと言い含められても言い返すことはできないが、もしもこの間に沙織が外出しほかの男の胤を宿したらできないこともない。

新三郎はこの期間の中の可能性について調べ始めた。

土日は会社が休みの場合が多いから滅多な約束事で外出はできない、したがってこの日ではないことは分かったが、問題は平日の昼間で なにかの用事があって近所ではなくほんのちょっと足を延ばし出かけてはいないかとその記述を調べ始め、それに行き当った。

最初の交渉日が日曜の夜、次の交渉が水曜の夜 木曜と金曜は両親と一緒に買い物に出かけているから自由になれた日と言えば月曜と火曜だった。

結婚以来妻に申し訳ないと思いながらも若いころよりどちらかと言えば性に淡白だった自分をこの時だけはなぜか沙織の方から執拗に誘って交渉を持とうとしてくれていて、当時はそれが愛のなせる業ではないかと思ったりもしたが、果たして子が産まれ育っていくにしたがって様子が違ってくる彼らを見るにつけ、それが研究者の本能なのか疑念を持つようになっていった。

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「えっ、信じられない。あなた本気でそんなこと言ってるんですか?」
遅く帰ってきた新三郎の夕食の片づけが終わった沙織をテーブルに呼んで長い間思い悩んだことについて問うてみた。
考えていた通りの反応が沙織の口を突いて出た。

「本気さ。結婚当初からなぜお前が私の妻になったのか不思議でならなかった。そう思って子供を観察しているとどんどん私の遺伝子を引いていると思えない姿かたちになってくる。行動や思考までもだ」

冷静に話そうとずいぶん考え、その通りに口を開いたつもりだったが顔は強張り手足が緊張で震えているのがわかった。
屋敷は広く、両親の寝室と子供部屋は離れていて声は届かない。それでも極力トーンを押さえて話したつもりだったが・・・

「このごろのあなたって、寝付けないのか夜半寝汗をかきながらうなされていて・・・様子がおかしいと思っていたら、まさか自分の子供の父親が誰なのか疑ってかかっていたなんて!」
沙織もまたテーブルの端を掴んでうつむいて表情を読まれないようにしてはいるが顔面蒼白だった。
「根も葉もないでっち上げだとでもいうのか?」

「来る日も来る日も一生懸命この家のために尽くしてきたわたしに向かって、まさかあなたが・・・」
沙織は言葉を失った。
「お前のことを大切だと思えばこそこれまで何もせず黙って見過ごしてきたんだ。失いたくなかったから。陰になり日向になり尽くしてくれたお前が不貞を働いているなどと思いたくもなかった。そう思って何度も実行を躊躇ったが日ごとにお前には似ていても私にはちっとも似たところのない子供たちを見るにつけ研究者の身である私の内なる心が調べずにはおれなんだ。いろんな本を読んだ。その中に書かれていたことをひとつひとつあてはめてもみた。体毛にして然り、薄毛の私に体毛のやたら濃い子供ばかりというのも変だし、背丈だってそうだ。頭部の形状だって全く違う。それらを総合すると私の胤ではないという結論に研究室というものは達するんだ」

生みの親より育ての親などときれいごとを言うつもりはないと沙織に向かって言い切った。
「なんて陰湿な方なんでしょう。自分の子供を密かに鑑定にかけようとねめまわしていたなんて」
沙織は視線を落として反論した。

家族全員が入り終えた風呂は沙織が翌朝掃除するのが常だった。
ところがある期間、排水口を掃除していて排水溝が既に誰かの手によって掃除されていることに気が付いていた。
新婚時代、自分が入浴を終えた頃を見計らって夫がこっそり浴室に忍び込んで何かを探していることは知っていた。

恐らくそれは執拗に手を伸ばしたがる陰部の毛を探し、或いは脱いだ下着を・・・と。
同じことを娘が浴室から出た直後に誰かがこっそり忍び込んだ痕跡があるのは知っていた。義理の父とばかり思っていたがまさか・・・ 沙織は絶句した。

「もしこれが真実だとしたら、お前の腹に胤を仕込んだやつは その子供を自分の子供として懸命に育てる私の姿を物陰から見て嘲笑してるんだ。妻が生んだというだけで手放しで喜んで認知までして」
「なぜなの? なぜ今頃になって子供たちをそんな目で見るの? あの子たちが何か悪い事でもしたっていうの?」
沙織の瞳は深い翳りにつつまれ始めていた。

「結婚以来これまでに一度たりとも間違いはなかったと断言できるのか?」
「断言も何も・・・わたしはそんなふしだらな女じゃありません」
物言いは静だが、やり場のない憤りが翳りに含まれていた。

新三郎は初めて沙織とまぐわった時のことを想い出した。
何故か新三郎だけが緊張しきっていて沙織のアソコを、本当に自分一人のものになってくれたのか確かめたくてむしゃぶりつきはしたが、下半身は極力妻の目に触れないよう遠間に置き舐めたり吸ったりで誤魔化したのは勃たなかったからだ。

そんな新三郎のアソコを沙織は窮屈な体勢であるにもかかわらず手を伸ばして愛おしむかのように摘まみ上げ掌で優しく擦り上げ、半勃起させ導き入れてくれた。
目もくらむような美しい壺に夢に見た挿し込みが叶えたうれしさで新三郎は妻沙織を夢中で組み敷いく恰好を採っていた。
下になりながらも入り口付近で立ち往生したものを妻沙織は何処で覚えた来たのか腰を使って嬲り、ついには中に放出させてくれたのだ。

その瞬間の美しい妻を征服した時の飛び上がらんばかりの喜びを何に例えよう。
この日を境に新三郎は妻の沙織に夢中になった。
家族の目を盗んで尻を追いかけた。

誰も来ない場所に追い込んでは、例えば立ったままの沙織のアソコを見上げるように顔を埋め舐め上げたのは二度や三度ではない。

「そこまで言い切れれるなら正面切ってお前たちの体毛を鑑定に回しても別段問題はないだろう。あの娘だって父親から疑いの目を向けられながら一生暮らさせるよりましだと思うがな」
「あなたが育てた証拠に、仕草なんかうりふたつでしょう?そうまでして父親を慕ってるあの子たちがかわいそうだとは思わないんですか?」
「仕草なんてものは育つにしたがってなんとでもなる。肝心な部分は血の繋がりだ。そんな簡単なこともわからんのか」

妻沙織は自分とまぐわうほんの少し前まで、想いを寄せていた男と最後の契りを結んでいたんだろう。
花嫁衣装に身を包んで結婚式場から抜け出した花嫁が、想いを寄せていた男の胤をもらい受けるため契りを男を誘惑しつつ交わす。「待たせてごめんね。今日はナマで大丈夫なの・・・」と嘘までついて
正にそれが行われ、それをヒタ隠そうと帰るや否や夫を閨に誘い込んだ。

だから準備もなしに私のことを迎え入れが出来たし、男に散々嬲られた発情もあの瞬間になってもまだ治まっていなかったんだ!
新三郎は憤怒で今にも爆発しそうになっていた。

北里家の家訓に染まりかね、沙織は時に一人でふらりと出かけ、その男に慰めてもらって家路についていた。
相手の男も妻子ある身ならばこそ、久しぶりの逢瀬は逢えなかった間に何があったか探り合って、確かめ合って、そして幾度も激しく求めあうことが常だった。すべての煩悩を消してもらって初めて家路につくんだという気になった。
そうすることで厳格な家庭を鬱にならず切り盛りできたのである。

沙織の中でそれは北里家のために「我慢してこんなことまでやってあげてるんだ」という意味合いが強かった。
それ故夫の追求は我慢できないものがあった。

「何事もなかったかのような生活を繰り返していながら、あなたが心の底でそんなことを考えていたなんて、悲しすぎます」
「だから正直に答えてくれたらいいんだ。あの子たちはいったい誰の子なんだ?」
「決まってるじゃありませんか」

沙織の言葉に険があった。
「奈緒を孕んだと思われる頃にお前はひとりで出かけている。帰ってきたのも遅かったと聞いた。計算からすると受胎は紛れもなくあの日あたりだ。子供の様子からすればその両日に誰かと交渉を持たなければ・・・」
「やめて! そんな嫌らしい想像は」
沙織の表情に険しいものがあったが、それに反して顔面は蒼白だった。

「結婚していたからと言って必ずしも間違いを起こさないまま人生を全うできる人間はいないと思う。そんな格式ばったことを言ってるんじゃない」
「いいえ、そんな目で見られたということ。それこそが侮辱です」
新三郎は何も言い返せなくなっていた。

目の前に愛してやまない妻 沙織の涙ぐむ姿がある。
平穏無事な生活を送っていたものに向かってこれほど侮蔑に満ちた言葉を放ってただで済むものとは思っていない。
それでもあの日、寸暇を惜しんで男と出会いセックスを楽しんだ妻がいて、しかもそれがもとで孕んでしまい、結果夫に知らせずして密かに夫の子供として育てさせるという罪悪・身勝手さだけはどうにも許せなかった。

「それでどうしろとおっしゃるんですか? 子供を連れて出て行けとでも?」
「今直ちにそうしろとは言っていない。育てるに納得のいくように協力してほしいと言ってるだけだ」
「どんなことをすれば協力になるんですか?」

ネトラレというものをやるとED持ちでも勃起するという話を聞いたことがある。
妻沙織を自身の漲るもので取り換えしたかった。
だが厳格な家系で育てられた新三郎には軽々しくそのようなことを妻の前で口にできないでいた。

「さる機関にDNA鑑定を依頼しようと思う。それなら文句は無い筈だ」
「なにもそこまでしなくても。生まれたときもそうであったように血液検査は毎年のようにやっているではありませんか?それでも不満だと・・・」
DNA鑑定では4兆7,000億分の1の確率で間違いが起こるという。そこまで辿れば否定材料 すなわち親子ではないという証拠が法的にもつかめる」

証拠を突き付けてやれば、それ以降どんな要求でも素直に応じるかもしれないと新三郎は思った。
現場検証でも犯行時の再現というものをヤル。
それを妻沙織に強いてみようと思った。その瞬間わずかだが股間にあの感触を覚えた。

「もしそこで親子じゃないという結果が出たら、あなたはどうなさるんですか?」
「それは結果を見てから決めることだ」
「結果によっては父親と認めるんですね?」

こうなると沙織だって負けていなかった。
夫がネトラレの貸し出しをたくらむなら、自分だって大手を振ってとまではいかないが、時々は逢瀬を楽しんでも文句を言われる筋合いはない。
独身時代聞きかじった夫婦の妙とは、ひょっとするとこんな風にしてレスを解消してるんじゃなかろうかとも思った。

相手さえ好みの男なら、夫の目の前で抱かれてやっても、それはそれで楽しめるんじゃないかと心の中でほくそ笑んだ。
何より覗き見させることであの中折れの夫が見事甦るのか、そのことも興味が湧いた。

「関係を結んだ男のDNA鑑定の結果も合わせて検討し、間違いなく私の子だとわかればだ」
「それは自白の強要じゃありませんか。先ほどから何度違うと言ったか・・・ 信じようとしないからです」
「それなら逆の立場だった場合、信じたというのか? えっ、どうなんだ?」

事実が判明すれば妻の前で回復した漲りを使い他人の妻を犯すこともできる。

「そこまで言われるならお好きなようにどうぞ」
沙織は毅然とした態度で部屋を出て行った。決して間違いなど犯す安っぽい女ではないという態度がそこに現れていた。新三郎の頭に一瞬後悔の念がよぎった、が、ここで動じては真相は闇の中ではないかと思うと再び憤怒の虜にもなった。

翌日、遅くに帰宅した新三郎は両親の部屋に呼ばれ、こう告げられた。
「今朝、新三郎さんが出勤された直後に沙織さんは子供二人を連れて家を出られましたよ」
心淋しい声の中にも、どこか他人事のように聞こえた。

沙織が家を出たことは知っていた。
あたりがほの白く染まるような暁闇の中、沙織は徹夜で調べものに時を費やしていた書斎の新三郎に向かってこの家を出る旨告げてきた。
新三郎は机に向かって沙織に背を向けたままそれを聞いたが何も応えなかった。

「当分実家に帰って考えてみるそうだ」
「そうでしたか、ご迷惑をおかけしました」
「私達にとってはかわいい孫で喜んどったところだが、それではいかんかったかのう・・・」

なんの相談もなく夫婦で勝手に決めたことに対する不満の気持ちがそこに込められていたが、自分を育ててくれながら どこか世間体を気にしてばかりいた育ての親 そのやり方がここに至っても変わらないことを言葉の端々からも感じ取れ一層落胆した。
「いまここでご説明するわけにはいかない。仔細あってのことで、解決には時間がかかると思います」
「そうか・・・ 裁判でも起こすつもりか? くれぐれも体面をな」

「新三郎さん、あなたにとって妙な考えを起こすと仕事にも影響が出ますよ。それでもおやりになるんですか?」
「よしなさい、妙な勘繰りをするもんじゃない」
話はこの一言で終わった。新三郎は軽く頭を下げると両親の部屋を出て行った。 その後ろ姿を見送る義父の口から深いため息が漏れるのを鬱々たる気持ちで聞いた。

老い先短い両親は生涯を通じて家名を守るべく全力を傾けなければならない運命にあったといえよう。
そのためなら非道にもなれたのだろう。
息子を養子縁組する段になり、打つべき手はすべて打って素性を調べさせ迎え入れたはずの息子だったが 成人してみて初めて次代を担う子宝に恵まれないかもしれないという危惧を覚えた。

口にこそしなかったが厳格さが祟り、性は汚いものであり避けて通ろうとする姿が垣間見え慌てた。
それならばと誰がみても惚れるような美女を探し出し嫁になるよう手を回した。
ただし、先に息子で失態を演じた手前相手の素性は調べないことにしてコトを進めた。

育て上げた息子と氏素性が良く似た、育児放棄の子であることを知った時には既に婚約が成ってからだった。

腹を痛めた我が子を持ったことのない夫婦がどんなに頑張ってみたところで子供に意思は伝わらない。ましてやもともと他人の子となれば どこか仰々しい態度に出たり疎遠だったりと 人との意思疎通にかけた子供を育ててしまった感があった。
そしてそれ以前に、肝心な成長期に杓子定規にものを図ったような態度で育てたことにより女の気持ちというものをはかり知る機会を失ったまま大人になり、他から手を廻しでもしない限り結婚には結びつかないと思われついつい手を出してしまいこのような結果を生んでしまっていた。

「一度こうと決めたら筋を曲げない子ですから」
「そうかもしれんな・・・」
老父は傍らの老婆に頷いた。

その性格ゆえに塾にも通うことなく独学で進級を重ね東大にも合格し、今の職にも就けた。
だが性格は暗かった。
その暗さをこの老夫婦は、東大まで出たエリートならおおよそ察しはつき調べ上げたうえで実の子ではないと知ったうえで今の境遇に何も言わず従ってくれているのではないかと暗黙の中にも考えていた。

新三郎はうっすらとした記憶の中に粉雪の舞う深夜、病院の玄関先にじっと立っているよう命ぜられ、両親と思える人影が自分と何か大きな包みを脇に置いたまま立ち去ったと、この歳になってもそれだけは覚えている。寒さと恐ろしさに泣き続け、明け方になって巡回してきた警備員に発見されて病院で保護されたような光景が過っては消え過っては消え それが病的にまでなっていた。
病院の、薬臭い一角の部屋をあてがわれ自由に外出することも出来ない中での生活でその性格は陰湿で暗いものに変わっていった。
社会人になり、上司や同僚と話す機会が増えるにしたがって暗い気質は影をひそめたように思え、突然今になって戻ってしまった。 あの日、早い冬の訪れを秋の日差しの中に見た気がした。

「暗い冬を未だ脱し切れていなかったとは・・・」
自分を捨てた両親を慕ってやまない、そのための布石として些細なことでも聞き漏らすまいとする気質は未だ深いため息の中にあった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

沙織が健太と奈緒を連れて戻ってきたのは新学期が始まる直前だった。
新年度の配置換え早々の出勤で周囲の手前出過ぎた真似の残業もならじと定時で上がって帰ってくると、連日まるでお通夜のようだった家がウソのように活気に満ちていた。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」

沙織が玄関で出迎え、子供たちは奥の 恐らく両親の部屋から元気よく飛び出してきた。
新三郎は沙織には手も触れずふたりの子供の方を抱くとそのまま書斎へと向かった。沙織が後をついてきた。
「子供の将来を考えて帰ってきました。あれからいろいろ考えたんですが、わたしが止めても調べるのを止めようとしないんでしょうからお好きなようになさってください」

シンとした物言いだった。
子供たちはともかく、沙織のいなくなった家はどこか陰気くさかった。
それがいま、薄化粧して目の前に立っている。

性に興味ないふりをしていたものの妻にだけは抑圧した想いがあった。
嫁いできて間もない頃もそうだが、普段でもひとりで出かける際など誰かとまた逢瀬かと疑うと、それだけで脳乱してしまう。
それが今回の騒動で心ならずも貸し出し風な言い回しをして追い出してしまった。

ことのきっかけとなった相手の元へ身を寄せでもしなかったろうかと妬けて仕方がなかった。
煩悩に打ち震える妻をあの男は再び組み敷いてることだろうと思うと心穏やかでいられなかった。

その妻が今目の前にいる。

ほんのわずかの間離れただけだったが沙織の放つ濃密な色気に引き寄せられるように新三郎の視線は豊かすぎる乳房を射止めた。
着やせをするたちで、ベッドに誘って目にした乳房も下腹部も豊かすぎるほど豊満だった。
いつの間に床を別にし始めたのか記憶をたどらなければ思い出せないほどだったが、わずかの間 離れて暮らし 初めて湧き上がる飢えを覚えた。

その飢えには沙織が我が家から離れている間中ほかの男に組み敷かれ、身体を開いて受け入れ狂喜しのけぞり悶え苦しむ姿が浮かび、頭の片隅に焼き付いて離れない。
「そうか・・・  納得してくれたか」
一旦云い出したら後に引かない夫である。

拒んでもいつか必ず調べると言い出すし、結果によっては裁判沙汰になる。
そのあと円満解決するにせよ、或いは離婚となるにせよ、まずもって世間の物笑いになる。
それなら多少の分別がある自身が内密に検査という密約を取り付け、取り決め通りの方法をとらせた方が得策だと沙織は考えた。

初めても子を産むときも次の子を産む時も、両親が指定した病院の院長はなにかと理由をつけクスコでソコを開き中の様子を診て楽しんでくれたものだ。
人も羨む美女のアソコを開くだけ開き、不必要な場所まで刺激し、感触に打ち震える姿を観て楽しんでくれた。

あのような屈辱を再び受けるようなら調べは拒否しようと決めていた。

よしんばかたくなな考えが胤のない子供を育てることを拒否するため裁判に持ち込まれたとしても彼なら職業上不利になるような態度には出まいと踏んだ。
他人の子供を知らずに育て続けた屈辱に比べれば調査という申し出は仕方のないことだと諦めもした。

新三郎にしても沙織側から同意を取り付けたといっても一度は拒んで家を出ている。
生まれた子供に関して絶対揺らがない信念があるからこそできた所業だと思うだけに自信がぐらついた。
----そんなはずはない。かつて研究チームにいてこれはと思った題材の芯を外したことは一度たりとてない。

新三郎は自身に言い聞かせた。
思いつく限りの参考書をひも解いて調べ上げたつもりだった。
DNA鑑定のみならず血液のABO型、Rh型にMN型、それらすべてを考慮に入れた答えが自分の胤ではないという結論を導き出している。

ふたりの子供の父権が否定されたら沙織はどうするつもりだろうかと思った。
不貞を理由にすれば即座に離婚が認められるだろう。その時になって沙織は定説の陰に隠れて不倫を繰り返した、その男の名前をどんな気持ちで打ち明けるだろう。
新三郎は黙って沙織を見つめた。

沙織は一礼して踵を返した。
その沙織の肩を掴んで引き戻し無言のまま床に押し付けた。
沙織はあらがわなかった。

瞳を閉じて横たわった。
新三郎は部屋に鍵を掛けた。

子供たちや両親は不振がるかもしれないが、そのことへの配慮より脳内を駆け巡る沙織を凌辱してあざ笑う男達への嫉妬に対する昂りのほうが勝った。
着物の裾を捲ると男達が弄り尽くしたと思われる白い下半身が現れた。
この段になっても両腿をぴっちりと閉じて見た目にも夫の侵入を拒み続けている妻沙織。

勝手に出ていった先で男を味わってたくせに生意気な!

怒りと嫉妬がないまぜになり、それが頂点に達した。
軽く手をかけて、やさしく手をかけて引き下ろすつもりでいたパンティーを、繁みに指先が届き生暖かさを感じた瞬間耐えきれなくなって引き裂いていた。
帰る直前まで男のことを想っていたか、それとも男に抱かれてきてたのかと、女性の躰を未だ理解できないでいる新三郎は思った。
凌辱で始まった仮面の夫婦のまぐわい、それでも沙織は逃れるような動きはしなかった。

白い透き通るような下半身の奥のソレをひた隠そうとするかのような姿勢で横たわる妻の、太腿の付け根にごく自然な繁みがあった。
人妻を寝取る輩の手練手管を本で学んだ際に、このような女にはそれ相応の前戯とあったが、かつてそのようなことを妻に行ったことはない新三郎である。
その、真心を込めてクンニを施し開くように仕向けてくださいというような妻の下半身を夫は遮二無二割って覆いかぶさった。

もとより前戯も何もなかったし期待したことのなかった夫との夫婦性活に今回も沙織はあきらめに似た感情を押し殺し素直に従った。
夫婦のまぐわいが始まると沙織は、決まって独身時代とろけさせてくれた男たちの性技を想い出し妄想の中で準備を整えてきた。
今回も帰り着いて義父母を見た瞬間から「ああ・・・この人たちも不自由なら夫はなおのこと不自由だったんだ」と思った。

もしこの場を収めることが出来るとしたら、それは依然と変わらぬ妻になりきること。
恩案が欲しくて飢えている夫を迎え入れ、溜まった濁流をヌイてあげること。
夫が帰る時間に合わせ、心の中で自慰に耽った。

他の男たちがこの場所へ向かって注ぎ込む情熱に沙織はもだえ苦しんだかと思うと復讐の念に黒い炎が渦巻いた。
自分の時とは違って沙織は自ら進んで美しい足を開き男を迎え入れた。その今組み敷いている個体とは違った妖しい肢体が男の身体に絡みつき露わな声を張り上げる様子が目の前の暗闇に映し出された。

強引に侵入した新三郎はあっという間に自分だけ果てた。
沙織の中に放った瞬間、欲望は果てたが目の前の妻の情事のあとの下半身を見て益々疑念は強まった。
検査結果が悪い方に出た場合、沙織と離婚することになるが、元はと言えば男として自分がふがいないからであって不貞を働いたからと言って果たしてこの美しく魅惑的な妻と別れる決心がつくかと一抹の不安を覚えた。

欲を言えば妻だけ残し、父権は胤を仕込んだ男に送りつけてやりたかった。
だがそれは法的にもできるわけはなかった。
母親はどうしても親権を持つことになる。そうすれば沙織は胤を仕込んだ男の元へ子供もとともに送り出してしまうことになる。

検査の結果が自分の胤であってくれたらという気持ちが脳裏をかすめた。
そうすれば疑心暗鬼の日々は消え、元の穏やかな家族に戻れるし例え育ての親であっても父母も喜ぶと思われた。
だが、そうでないことは調べるまでもなく明白の事実ということも。

旧正月が空けると新三郎は研究機関に夫婦と子供たちの鑑定を依頼した。
「こうまでなさる確固たる理由はおありですか?」
新三郎はこの問いに自分が探り当てた研究結果と妻の行動記録を添えて説明した。

「おっしゃりたいことはわかりました。しかしながらあなた様も高名な研究員、とすれば結果は調べずとも明白なはずで、我々の結果を待たれるもの良いですが無駄に時間を費やされるより探偵を雇われてそのあたりを調査されることをお勧めしますよ」
「探偵をですか?」
「そのとおりです。精子は膣内で3日は生存しますから、あなた様の日記に記された奥方様の妊娠可能周期から計算した日に誰か男と接触を持たれたか調べ、その男のDNA鑑定を依頼なさるともっと効率よく回答を差し上げることができます」

なるほどと思った。
神聖な研究機関の職員なればこそ、主に不倫や浮気調査が主な仕事の探偵屋を雇うという思い付きは門外でなかった。
「どこかにお知り合いでも・・・」
頭を下げて紹介を受け研究所を出る段になってどっと疲れが出た。

何故こんな屈辱的なことのために走り回らなければならないのかと思った時、わけのわからぬ子を孕んだ沙織が無性に腹立たしかった。

夫婦とは実に陳腐なものである。

その夜は久しぶりに親子そろって料亭で外食をした。夫は他人棒に抱かれる妻に、妻は執着する男に身も心も奪われていることを押し隠して。
沙織の表情は明るかった。
目の前の我が子の胤を父が疑ってかかっているという罪悪感というものが一切窺われなかった。

どこかの男と逢瀬をもって孕んだとすればこのように明るくふるまえないはずだが沙織の立ち振る舞いに翳りは見えない、それを書斎で契った一夜のことで帳消しと考えてはいまいかと疑ってもみ、もしそうであるならばなおさらのこと自分で開かせるんだ!このまま手放すには惜しいと思った。
「あなたお酒の追加はどうなさいます?」
ぼんやりと子供たちを見やっている脇で沙織がくったくなく問いかけてきた。

「ああ、もらおうか」
もしかしたら早まったかもしれないという懺悔で胸がいっぱいになったが、次の瞬間目の前を横切った妻の豊かな尻の線に打ち消された。
妻がどこかに出かける風に見える日など、妻の腰は今のような艶めいた動きをする。

何かの本で読んだ、女が発情期になると躰の線や動作まで変わってくると。
今の妻沙織がまさにそれだった。

あの嫋やかな尻をほかの男が鷲掴みにしながら妻を組み敷いて頂上まで昇りつめさせ孕むことさえ許すまでイカせ、濁流を注いで!!と懇願するまで寝取ってしまっている現実に、再び恨みつらみがふつふつと燃え上がりはじめていた。




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