知佳の美貌録「工事の花形 先破」

トンネル掘削機(シールドマシーン)はそれこそNC旋盤のように必要情報を入力してさえやればトンネルの先端(切羽)を自動で掘ってくれ、その岩石や土砂を胴体内に飲み込み、後方へと排出してくれる一方で、掘り進め出来た空洞に自動的に防護壁を設けてくれる画期的な機械だ。
レール上を機関車のように進むこの機械のエンジン排気は巨大なダクトを使い集塵機によって外に排出され、また燃料消費によって酸欠にならないよう常に新鮮な空気を送り込む巨大な送風機が負けず劣らずのダクトで坑内の隅々まで新鮮な、適度な温度と湿度を保った空気を送り届けてくれる。
だから坑内は地面や壁を除いては、さながらオフィスで働くかの如く環境が整えられていた。
こう書くと良いところばかりに思えるこのマシーンには当時はまだ不安定要素がぬぐえないでいた。
例えば掘り進む先の土中に大量の水溜りがあったりしたら、しかし機械にそんな予知能力はなく命令通りに休むことなく掘り進むからマシーンはおろか、後方で作業に当たる人員までも水をかぶり、溺れ、命を落とすことにもなりかねない。
それでなくともトンネル内はまるで人工的な渓流を作ったかというほど多量の水が噴き出しており、専用の水路が設けてあるほどだ。
どこかの国で行われた洞窟内の子供救出劇よろしく、もしこの水路の下流に間違って土砂でも堆積させたならあっという間にトンネルは水没してしまうほど危険極まりない厄介者が先端の土中に存在していたのだ。
寸分たがわず崩してみせたエセ発破技師
トンネルの延長距離が長くなると双方 (山の向こうと手前) から掘削させ、およそ中央部で合体させる計画を練る。
寸分の狂い無く掘り進んでいかないことには合体させることは難しく、もしも間違って上下にズレたりし、それに気づかず掘削し続けでもしたら上方で作業する重機などの重さに下方の天井部が耐え切れず落盤し、下方の工区は押し潰され圧死にもつながりかねない。
確かにシールドマシーンを使えば寸分の狂い無く掘り進めてくれるが、コロナワクチンの認証試験のごとく安全性が未だ確立されていなかった時代、トンネル掘削はジャンボドリルやロードヘッダーによる手探りの工法に頼らざるを得なかった。
そのために集められた優秀な技術者は綿密な計画を実現させるべく四六時中図面と向き合い計測を怠らない。
図面を理解し、指示通りの場所だけを破壊(変な場所を破壊してしまうと前述の水害や全体にかかる圧などの計算ミスが出る)してくれるダイナマイト(発破)の技師は、だからエセと知りつつ重宝されたのである。
刻一刻と過行く大事な時間
飲んだくれで、神聖な将棋を博打の道具にしてしまうようなクズに転落してしまった幸吉にも、この現場で唯一自慢できるものがあった。 それが先破だった。
先破とはトンネルの最先端(切羽)の奥で工事に支障をきたす硬い岩盤に行き当たった時、この岩盤にドリルで穴をあけその穴にダイナマイト(発破)を仕掛け破砕するものと先にも述べた工事の、ともすれば坑内で作業する全員の命に係わる崩落事故が起きかねない爆破作業がある。 故に現場の花形だった。
通常ならドリルジャンボやロードヘッダーと言われるもので岩盤は崩せる。 だが、硬い岩盤と軟弱な土とが混在する現場では下手に機械任せにすると崩落の危険があるし、機械の歯が欠けるほどの硬い岩盤をそれと知らず砕くと欠けてしまった機械の歯の修理に幾日も要し、下手すれば工期の遅れが出る。
そこで熟練工が岩盤のみ破壊できるよう地質学による調査を行い地滑りを利用し必要箇所だけ崩すべくダイナマイト(発破)を岩に仕掛けるのである。
足場とて心もとない垂直に近い切端にハーケンやザイル、梯子などを使ってよじ登り、よじ登った先で作業用の足場を作る。 削岩機でダイナマイト(発破)が入る穴を数本試し掘り(石質調査のため)し、ここぞという穴にダイナマイト(発破)を仕掛ける。
聴けば実に簡単なようだが実際軟弱な地盤と岩盤が折り重なる岩場をよじ登ろうとすると登山の技術が必要にいなる。 登った先で足場を気付こうとすると鳶職の技と技術が必要になる。 更に仲間もろとも殺すかもしれない発破の仕掛けだ。 余程度胸・知識に満ち溢れてなきゃ請け負える仕事ではない。
導火線のみえる範囲内 精一杯退いた岩陰に身を潜め点火・破砕するのである。 地雷を踏んだのと同様に目の前に岩が降り注ぐのであるが、それでも技師は発破の瞬間その付近がどのように変化したかを見極めなければ次現場に入れない。
火薬の量が多ければ天井が崩れ落ち生き埋めになる。
少なければ結果につながらないばかりか、周辺にどのような影響を与えたか計測が難しくなり調査しようにも不安定で近づけなくなる。
つまり、どの場所にどの程度の深さの穴を掘り、何本のダイナマイト(発破)を仕掛けるか。 瞬時に計算できなければそれができる人員を外部から要請するしかなく、工事は中断され途方もない損害を出すことにもなりかねない。
岩盤構造の正確な知識と読みが必要と言われるが、それ以上に必要なのが度胸だった。
ひとつ計算間違いをすれば仕掛けた本人もろとも仲間が吹き飛ぶし、岩盤の向こうに水脈でもあったりすれば中間地点で土砂の排出作業やコンクリート打ちに従事している作業員も含め、全員が生き埋めになる。
この業務に幸吉は過去、発破士の経験が無かったものの何故か抜擢された。
無論のこと、新米であるはずの幸吉の頭脳が如何に秀でていたか、向こう見ずであったかを物語る。
現在の世の中からすれば信じられないような推挙であった。
今プロを目指さなければ将棋指しとして一生後悔することになるとわかっていたからこそ幸吉は荒れた。
女房は手放せない、だから潜まなければといって自尊心は失いたくない。
二重に追われることになると分っていながら発破技師はやめられなかった。
目立ち過ぎた親子
幼いながらも身を粉にして手伝いをしようとする久美。
男とみればサカリのついた雌猫のようにふるまう、どちらかと言えば芸者が似合うような出で立ちの好子。
どこからどう流れ着いたのかトンネル工夫に似つかわしくない秀才の幸吉。
この普通と違う異様な家族の噂をやがて官憲は嗅ぎつけることになる。
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